『銀河英雄伝説外伝1 星を砕く者』(田中芳樹/創元SF文庫)

銀河英雄伝説外伝〈1〉星を砕く者 (創元SF文庫)

銀河英雄伝説外伝〈1〉星を砕く者 (創元SF文庫)

 外伝1巻の始まりは帝国暦486年。正伝の1年前が舞台となっています。伝説が始まる前の過去の物語。ラインハルトとヤン・ウェンリーという二大主人公が主軸となる本シリーズですが、本作はラインハルトの視点・帝国側に主軸が置かれた話になっています。
(以下、正伝を少なくとも2巻まで既読の方限定で。)

 多くの人が指摘したように、ラインハルトとキルヒアイスとは表裏一体、「二人で一人前」と極言もできるキャラクターであり、「光と影」という表現でその一体性を説明してもよいかもしれません。とすれば、光と影は共棲によって高みに上り、一方が失われたとき他方もまた衰微する、という図式が必要になります。したがって、キルヒアイスはラインハルトの最盛期、すくなくとも第五巻で彼が即位する時点ぐらいまでは生きていなくてはなりません(あるいは生死がその逆とか)。
 ところが、彼はラインハルトが上り坂に足をかけた時点で早々と退場してしまいました。これによって、私は、作品を重層的・複合的に構築する要素となりえたであろうモチーフを、自らの手で破壊してしまい、このモチーフの存在と発展を期待してくださった多くの読者のかたを失望させることになったわけです。それに気づいたとき私の後悔がはじまりました。まさかいまさら死者を呼びもどすことはできません。
(TOKUMA NOVELS版『銀河英雄伝説5 風雲篇』p255のあとがきより)

 確かに死者を呼び戻すわけにはいきませんが、だからといって捨て去ってしまうにはあまりにも惜しいモチーフ。そんなラインハルトとキルヒアイスが共に高みを歩んできた正伝前の物語、伝説以前の物語として本書は描かれています。銀英伝は「神の視点」と「後世の歴史家の視点」とが使い分けられて描かれているのが大きな特徴ですが、本書に限って言えば「神の視点」によってのみ描かれています。それは、ラインハルトやキルヒアイスが歴史の表舞台に燦然と姿を現す一歩手前の物語であるために、「後世の歴史家の視点」に立脚していては掘り起こすのできない物語だからでしょう。
 二人が共に苦難を乗り越えて高みへと登りつめていく「個人の歴史」。やがては「銀河の歴史」そのものを刻むことを野望に抱いた途上の物語。手の届かないこと、歯がゆいことなどたくさんありますが、でも二人の、アンネローゼも含めれば三人の個人史は、とても充実しています。そんな成功と栄達の物語を何の衒いもなく描くことができるのも、銀河の歴史にして伝説である正伝という大きな流れがあるからです。銀河の中心であり生きる歴史そのものであるかのように見えるラインハルトですが、その代償の大きさを改めて感じずにはいられません。
 ラインハルトとキルヒアイスだけでなく、ミッターマイヤーとロイエンタールの「帝国の双璧」との出会いも印象的です。「帝国の双璧」は無二の親友同士ですが、そんな二人が登場することによって、ラインハルトとキルヒアイスの関係の特殊さも浮かび上がってきますし、そこに個々の女性観が絡むとキャラクタの奥行きがさらに増してきます。ともすれば架空歴史小説としての俯瞰的な視点・工夫にばかり目が行きがちですが、個々のキャラクタの魅力を描くことも決して疎かになってはいません。さすがに傑作です。
 他にもメックリンガーやシュタインメッツも出てきますし、帝国ファンにとってはたまらない出来になっています。反面、同盟ファンの方にはしんどいものがありますが*1、そちらは次巻以降のお楽しみということで(笑)。
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プチ書評 銀英伝とライトノベル

*1:ヤン・ウェンリーが嫌な奴過ぎます(笑)。