『銀河英雄伝説外伝5 黄金の翼』(田中芳樹/創元SF文庫)

銀河英雄伝説外伝5 黄金の翼 (創元SF文庫)

銀河英雄伝説外伝5 黄金の翼 (創元SF文庫)

 さて、本伝は完結しましたが、外伝のほうは今後、長編を二冊と短編をいくつか予定しています。これまで出た分とあわせて、外伝は全部で六冊分。それでおしまいにします。いわばこれが「別荘」ということになるでしょう。別荘が本宅より大きくなるのも奇妙なものですから。
銀河英雄伝説10』徳間ノベルス版のあとがきp241より

 銀英伝の外伝は6巻まで出る。そんなふうに考えていた時期が私にもありました…。
 とはいえ、銀英伝はやはり特別な時期にしか書けない特別な作品だった、ということなのでしょう。本書には5本の短編と、銀英伝執筆に当たっての舞台裏を明かしたロングインタビューが収録されています。5本の短編中4本が帝国サイドのお話です。なので、構想としては、バランスをとる上でも、同盟側を舞台とした短編のアイデアがいくつかあったのではないかと推察されます。ファンとして名残りは尽きませんが、田中芳樹には他にも未完のまま放置されている作品がいくつもあることですから、それらに比べれば、本伝がきちんと完結している銀英伝は偉大な作品だといえるでしょう(笑)。

ダゴン星域会戦記

 初出:SFアドベンチャー1984年9月号
 銀河帝国自由惑星同盟とがはじめて接触し、長きにわたる抗争の幕開けとなった”ダゴン星域の会戦”。総司令官リン・パオ、総参謀長ユースフ・トパロウル。同盟側からは”古き良き時代”として語られる黎明期の重要な戦闘が描かれています。銀英伝における戦争とは、特にヤンの側から見たときには、相手の裏を読み陥穽を突く心理戦の意味合いが強いのですが、本作でもそうした要素に焦点があてられています。相手の動きの意図を読み取ろうとする主観面を重視し過ぎるがあまり、客観的には失敗してしまっているのが面白いです。

白銀の谷

 初出:SFアドベンチャー1985年6月号
 ラインハルトとキルヒアイスともに15歳。二人の初陣は寒冷の惑星カプチェランカでの機動装甲車による敵状偵察でした。同盟だけでなく帝国の貴族たちとも戦わなければならない二人のこれからを象徴する戦いです。

黄金の翼

 初出:『夜への旅立ち』(徳間ノベルス)1995年
 第五次イゼルローン攻防戦。16歳のラインハルトは少佐としてイゼルローン要塞に駐留し、駆逐艦の艦長を務めています。その傍らにはもちろんキルヒアイスがいます。一方、同盟側ではヤンが少佐としてこの作戦に参加しています。「白銀の谷」の続編的意味合いもありますが、戦術と戦略の間のレベルというものが、短編ごとのラインハルトの昇進を通してさり気なく描かれています。

朝の夢、夜の歌

 初出:SFアドベンチャー1986年7月号
 ラインハルト17歳。大佐。有能にして生意気ながら皇帝の寵姫の弟ゆえに露骨に邪魔者扱いもできず。そんな微妙な図式が、帝都憲兵本部への出向というラインハルトにとって不本意極まりない人事として表れます。そこで経験することになるのが幼年学校での殺人事件です。有能すぎるワトソン役もいますので事件は速攻で解決しますが(笑)、無理やりにでも事件を戦争に当てはめて推理しようとするラインハルトの思考がそこはかとなく可笑しいです。

汚名

 初出:SFアドベンチャー1984年7月号
 キルヒアイス19歳。中佐。ローエングラム家を継ぐことでラインハルトに所用ができたため、キルヒアイスは三日ほど休暇をとることになります。そんな彼が巻き込まれることになるのが組織的な麻薬密売の事件です。本伝中ではあまり語られることのなかったアンネローゼへの想いが印象的です。

銀河英雄伝説』の作り方 田中芳樹ロングインタビュー

 初出:徳間デュエル文庫版『銀河英雄伝説』正伝各偶数巻に連続掲載されていたものを再構成。
 『銀河英雄伝説』の舞台裏が著者自身の言葉によって存分に語られています。時代小説から歴史小説へ。キャラクターの作り方。対としての存在。名前の語感について。機能を決めてから生まれる個性。上司にするならラインハルトとヤンではどっちが楽か?政治的対立の図式としてのラインハルトとトリューニヒトの関係。国家は永遠ならず。史実の遠近感。田中芳樹作品に登場するカップルはすべて戦友関係である。などなど。銀英伝読了後に誰もが語りたくなるような話題が盛りだくさんです。
 創元SF文庫版『銀河英雄伝説』も本書を以って無事に完結しました。既に名作としての地位を確立していますが、これからも末永く読まれ続けて欲しい珠玉のシリーズです。
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