『最新戦法の話』と『消えた戦法の謎』
今回は将棋の本のレビューです。「何だ、オレには関係ねーや」とは思わないで下さい。今回紹介する2冊は、極めて専門的なんだけど初心者でも楽しめるという、夢のような本なのです。なぜなら、指し手の上達を主目的とするものではなく、プロ棋士の将棋を楽しく鑑賞することを目的とした手引き書だからです。本書を読めば、『ハチワン』だってより面白く読めるようになりますよー(笑)。
- 作者: 勝又清和
- 出版社/メーカー: 浅川書房
- 発売日: 2007/04/01
- メディア: 単行本
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消えた戦法の謎―あの流行形はどこに!? (MYCOM将棋文庫)
- 作者: 勝又清和
- 出版社/メーカー: 毎日コミュニケーションズ
- 発売日: 2003/05
- メディア: 文庫
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まずは『最新戦法の話』についてです。本書は、現代のプロの将棋において多く採用されている主要戦法の序盤を解説した本です。
芸道として歴史と伝統のある将棋において、その指し方は千変万化、それこそ無数にあります。しかしながら勝負事であるプロの将棋となれば勝ちやすい戦法・負けにくい戦法が選択されるのは当然で、ある程度決まった序盤戦法がお約束のように盤上に現れることになります。しかし、その戦法は具体的にどう優秀なのか? なぜみんなに指されているのか? どこが新しいのか? その狙いは? 面白さは? といった勘所を教えてくれるテキストは実のところほとんどありませんでした。将棋の本は、基本的には3つに大別されます。第一は、初心者向けにルールなど基本的なところを分かりやすく解説する基本書。第二は、ルールが分かっていることを前提に、特定の戦法について深く追求して指し方・勝ち方を解説した定跡書。第三は、終盤の玉の詰め方の問題集である詰め将棋本。以上の三つは、将棋の理解と上達には欠かせないものです。しかし、それらは将棋を指そうと思っている人には良いでしょうが、とりあえず将棋の楽しみ方を知りたいと考えている人にとってはあまりにも敷居が高すぎます。将棋は趣味としてはマニアックなものかもしれませんが、しかしながらルールくらいは意外と多くの人に知られています。ちょっと将棋に興味を持って、例えばNHKのテレビ将棋やネット棋戦を見てみようかなと思ったときに、そうした鑑賞の際に絶好のガイドブックとなり得るのが本書です。
それに、現代将棋は昔とは大きく変わっています。「居玉は避けよ」「玉飛接近すべからず」を無視した藤井システム、「振り飛車には角交換」を無視して自分から角交換を歓迎するゴキゲン中飛車、悪い位置とされていたはずの高飛車が戦法名となっている8五飛車など。ここ数年の序盤戦の変化はすさまじくちょっと目を離すとすぐに分からなくなってしまいます。そうした方にとっても序盤戦のガイドとしてとても便利です。また、よく指される戦法はある程度決まっているとは言ってもそれなりの種類があって、その全てに精通しているファンというのはあまりいないでしょう。得意な戦法があれば良く知らない戦法もあるでしょうから、そうした意味での解説書としても本書はとても優秀です。
本書は定跡書ではありません。”まえがき”にもあるように鑑賞のための手引き書です。内容自体はホンモノですが、それを読み手に覚えてもらうことよりも楽しみ方を知ってもらうことを主目的としているので、子供向けの内容では断じてありません。それでいて読めば簡単にミーハーになれます(笑)。今、将棋漫画といえば柴田ヨクサルの『ハチワンダイバー』が熱いです。『ハチワン』は面白いけど将棋のことはよく分からないという方にも本書は激しくオススメです。単行本の2巻で文字山が「穴熊に入れたあ ヤッタね!」と喜んでますがその理由は本書108ページのトップ棋士の居飛車穴熊での勝率を見れば納得でしょう(特に羽生の勝率は高過ぎ!)。文字山の居飛穴に対し藤井システムを見送った菅田の考えも本書の藤井システムの章を読めばよく分かります。菅田が7手で敗勢に追い込まれてしまった早石田についても、本書では創始者である鈴木八段にインタビューしてその発見のきっかけなどを詳しく知ることができます。戦法の創始者・得意としている棋士へのインタビューというのも他の棋書には見られない本書の大きな特徴です。多人数の棋士の見解が示されることでその戦法への見方・理解がより立体的なものになります。また、その戦法の生まれた経緯を知ることでその戦法・その戦法を生み出した棋士への愛着というのも自然と生まれてくることでしょう。単なる読み物としても秀逸の出来だと思うので、将棋ファンのみならず広く多くの方に読まれて欲しい本です。
頻繁に指される花形・最新戦法の影で、指されなくなってしまう戦法というのもあります。かつてよく見ていたはずの戦法なのに、気がついたらまったく見なくなってしまったということがあります。今現に指されている戦法ならその棋譜には解説などが付いてるので勉強することができます。しかし、指されていない戦法の場合にはそれを調べることは容易ではありません。それに、例え昔の棋譜を見つけることができたとしても、そこにはその戦法についての説明はあっても、指されなくなった理由については触れられていないでしょう。その戦法はなぜ一時期隆盛を誇ったのか? にもかかわらずなぜ指されなくなってしまったのか? その謎を説明してくれるのが、『消えた戦法の謎―あの流行形はどこに!? 』です。著者は『最新戦法の謎』と同じくプロ棋士である勝又清和です。その戦法が流行った理由・優秀性と、消えてしまった理由を簡潔に分かりやすく解説してくれています。『最新戦法の話』と同じく関係者へのインタビューがあるのが特徴的で、その戦法をちょっと指してみようかな? という気になってきます。
消えてしまった理由にも大別して2種類あります。決定的な対策が出てしまったものと、有効性は否定されていないけど相手の同意がないので実現しないものの2つです。前者の場合は相手に完璧に対応されると見込みがないわけですが、どこかで新手があると一転復活することがあり得ます。鈴木八段による新・早石田などその好例と言えるでしょう。また、後者の例としては角換わりにおける早繰り銀と棒銀は、優秀ゆえに相手の合意が得られなくて実現しない戦法の好例ですが、それも一手損角換わりの出現によって後手腰掛銀が一転強敵となったことで復活することとなりました。『最新戦法の話』では簡単に説明されてるだけのところですが、棒銀・早繰り銀・腰掛銀の三すくみの関係はとても面白いので、『消えた〜』を併読することでより深く理解することができるようになります。消えてしまったとは言え、一時期指されていたのは一定の優秀さがあったからこそなわけですから、気まぐれに指してみたらひょっとしたら勝てるかもしれません。逆に自分が指されてしまった場合には、対策を知らないがために負けてしまうということも十分にあり得ます。そうした裏定跡書としての価値・面白さもありますので、本書もまたオススメです。オススメですが、現在なんと絶版状態です! 嘆かわしい! あり得ません! ということで、腹立ち紛れに復刊ドットコムにリクエスト投票してみました。
勝負の世界からは必要とされなくなってしまった戦法であっても、その発想や思想は歴史・伝統として残されるべきものだと思いますし、指せるとちょっとオシャレじゃないですか。読み物としてもやはりとても面白いですし、ぜひぜひ復刊されて欲しいものです。
●『最新戦法の話』目次
まえがき | |
流行戦法の変遷 | |
第一講 | 一手損角換わりの話 |
第二講 | 矢倉の話 |
第三講 | 後手藤井システムの話 |
第四講 | 先手藤井システムの話 |
第五講 | ゴキゲン中飛車の話 |
第六講 | 相振り飛車の話 |
第七講 | 石田流の話 |
第八講 | コーヤン流の話 |
第九講 | 8五飛戦法の話 |
参考資料 | 藤井システムの基本手順 |
あとがき(羽生善治インタビュー) |
●『消えた戦法の謎』目次
第1章 矢倉編 | 1 スズメ刺し、2 ▲2九飛戦法、3 森下システム、 4 米長流急戦矢倉、5 中原流急戦矢倉、 6 △6二飛戦法、7 5手目7七銀 |
第2章 振り飛車編 | 1 左美濃、2 ツノ銀中飛車、3 風車、 4 後手△5二飛車戦法、5 升田式石田流、 6 阪田流向かい飛車、7 玉頭位取り、 8 角頭歩突き戦法 |
第3章 角換わり編 | 1 早繰り銀、2 角換わり棒銀、3 筋違い角戦法 |
第4章 相掛かり編 | 1 横歩取り、2 塚田スペシャル、 3 中原流相掛かり、4 たこ金戦法 |
第5章 消えた戦法のその後 | |
文庫版あとがき |