ハチワン=081=オッパイと読んでしまう人のための『ハチワンダイバー 14巻』将棋講座

ハチワンダイバー 14 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 14 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 14』(柴田ヨクサルヤングジャンプ・コミックス)をヘボアマ将棋ファンなりに緩く適当に解説したいと思います。
(以下、長々と。)
 モンジ隊の先鋒は右角。ご存知、右四間飛車しか指さない男です。
 対するネットスターズ。ネット将棋でトップクラスのレートを誇るアマチュア集団です。p32欄外で紹介されてますが、インターネット将棋道場「将棋倶楽部24」が元ネタとなっています。
 そのネットスターズですが、先鋒は振り飛車四間飛車)、次鋒は居飛車(矢倉)と違った対応を見せます。が、右角は構わず右四間飛車で連勝します。
●第1図(p37より)

 投了図。△9二玉▲9三銀△同桂▲8二金までの詰みです。
●第2図(p51より)

 投了図。合駒しても玉が逃げても▲3二飛成までです。
 ネットスターズの中堅は将棋仙人。50年間を将棋の研究に費やした彼は、右四間飛車対策の研究を見ながら右角と対局します。ここでひとつ注意ですが、いくら相手の姿が見えない対局だからといって、カンニングしてはいけません。これは立派なマナー違反でありルール違反です。プロの将棋でもネット対局は行なわれますが、その場合にはカメラの設置もしくはネット対局審判員が立ち会うことによってそうした行為は厳しく禁止されています。なので、良い子のみんなは将棋仙人みたいなことは絶対にしないでくださいね(参考:http://www.daiwashogi.net/tournament/saikyo/rules.html)。
 さて、対局の方ですが、これまでと違い後手番となった右角ですが、委細構わず右四間飛車。対する将棋仙人は四間飛車にします。相手の指し手の間合いから対策の気配を察した右角は仕掛けよりも囲いを優先させる右四間の裏芸を選択。穴熊を目指します。しかし将棋仙人の研究がその上を行きます。右角の穴熊が完成する前に「ガッチャン」と銀をぶつけます。
●第3図(p63より)

 穴熊は確かに強力な囲いではありますが、未完成な、しかも銀の扉(ハッチ)が閉まっていない状態では”王手がかからない”という穴熊のメリットがまるでありませんし、金銀の働き・連結も弱いままです。一方、将棋仙人の玉は美濃囲い*1の堅陣が完成している以上、戦いを挑むのは理にかなった選択だといえるでしょう*2。ペースを握った将棋仙人は研究を存分に活かして右角を圧倒します。
●第4図(p68より)

 投了図。△同玉の一手ですが、▲3二角で詰みです(玉が逃げても▲2一金、△同銀は▲同成香△1一玉▲2二金まで)。
 モンジ隊の次鋒はチッチ。右四間飛車一本だった右角と対照的に、チッチは独創的な序盤戦術を選択します。なんと2手目△9四歩と端歩を突いたのです。
●第5図(p81より)

 坂田三吉阪田三吉の表記の方が一般的だと思います。参考:阪田三吉‐Wikipedia)の△9四歩。この手が指されたときの衝撃を感じさせるものとして、例えば織田作之助の次のような文章が残されています。

 十二分経つた。坂田の眼は再び盤の上に戻つた。さうして、太短い首の上にのつた北斎描く孫悟空のやうな特徴のある頭を心もちうしろへ外らせながら、右の手をすつと盤の右の端の方へ伸ばした。
 その手の位置を見て、木村は、飛車先の歩を平凡に八四歩と突いて来るのだなと、瞬間思つた。が、坂田の手はもう一筋右に寄り、九三の端の歩に掛つた。さうして、音もなくすーつと九四歩と突き進めて、ぢつと盤の上を見つめてゐた。駒のすれる音もせぬしづかな指し方であつた。十六年振りに指す一生一代の将棋の第一手とは思へぬしづけさだつた。
織田作之助『聴雨』より

 他にも織田作之助『可能性の文学』『勝負師』などでもこの△9四歩について書いています。それほどまでに印象に残る一手だったということでしょう。
 また、坂口安吾は阪田の端歩突きについて、

 序盤の優位といふことが分らぬ坂田八段ではなからうけれども、第一手に端歩を突いたといふことは、自信の表れにしても軽率であつたに相違ない。私は木村名人の心構への方が、当然であり、近代的であり、実質的に優位に立つ思想だと思ふから、坂田八段は負けるべき人であつたと確信する。坂田八段の奔放な力将棋には、近代を納得させる合理性が欠けてゐるのだ。それ故、事実に於て、その内容(力量)も貧困であつたと私は思ふ。第一手に端歩をつくなどといふのは馬鹿げたことだ。
坂口安吾『大阪の反逆』より

と書いています。それほどまでに後手の初手=2手目に端歩を突くというのは常識から外れた一手とされてきたのです。
 ところが、後手番であるにもかかわらず自分から角交換をする=手損する一手損角換わり戦法(参考:後手番一手損角換わり - Wikipedia)が指されるようになって、序盤における手の損得の価値というものが改めて問い直されるようになりました。そうして、2手目で端歩を突く”阪田三吉の△9四歩”が再び現代によみがえることになりました。しかも、さらに端歩を9五まで伸ばす過激な指し方まで現れるようになりました。それがチッチが指した端歩突き越し戦法です。
●第6図(p87より)

 狙いはp86で書かれている通りですが、従来どおりの考え方であれば端歩は不急の一手。しかも角頭はノーガードとなれば、将棋仙人ならずとも▲2四歩と仕掛けたくなるところではありますが、しかしこれは罠。△同歩▲同飛△8八角成▲同銀として△3三角(p87)が狙いの一手です。▲2一飛成とすれば△8八角成と互いの大駒が成り合う乱戦となりますが、この場合にも端に費やした2手はやはり玉の広さとして、あるいは△9二飛〜△9五飛という飛車の活路として機能してきます。
 だからといって、▲2八飛と飛車を引いて乱戦を回避すると、△2六歩と垂らされて(▲同飛は△8八角成があるので取れない)△2二飛と回られて、これは完全に後手の術中です(本局はおそらくそのように進んでいます)。つまり▲2四歩は無理筋で、▲7八金や▲6八玉といった手を指すべきだったことになります。優位に立ったチッチは鬼の攻めを見せます。
●第7図(p91より)

 投了図。龍による王手に対し、合駒するなら▲7八角か▲7八桂しかありませんが、いずれにしても△7七銀▲9九玉△8八金▲同銀△同銀▲同玉△7七銀▲9九玉△7九龍▲8八合(何を打っても同じ)△8八銀まで。▲9九玉と逃げても、△8八銀▲同銀△8九飛▲同玉△7八金▲9九玉△8八金まで、です。
 ネットスターズ副将対チッチ戦。チッチは”新型(ダイレクト)四間飛車”を採用します。
●第8図(p97より)

 いったいどこが新型なのか? オーソドックスな四間飛車と比較してみます。
●第9図(普通の四間飛車

 従来の四間飛車は図のように△4四歩と角道を止めてから飛車を振ります。一方、新型四間は角道が直通したまま飛車を振ります。つまり、角道がダイレクトな四間飛車なのです。なぜ角道を止めずに飛車を振るのか。それは居飛車穴熊を警戒しているからです。3巻の菅田対文字山戦でも強調されていましたが、居飛車穴熊はとても優秀な戦法です。そのため、居飛車側に穴熊に組まれないように、常に角交換辞さずの乱戦の姿勢を見せることで、居飛車側に穴熊に組まれないようにしているのです。角交換振り飛車はすべて居飛車穴熊を意識したものですが、新型四間もそのなかのひとつといえます。もっとも、新型四間といっても居飛車側が急戦の姿勢を見せたら△4四歩と角道を止めて従来どおりの四間飛車にシフトすることも可能です。こうした序盤数手でのちょっとした工夫が現代将棋の特徴です。
 将棋の方は、チッチの新型四間に幻惑されることもなく、ネットスターズ副将が優位に進めます。が、まさかの展開(笑)で時間切れ負けという決着を迎えます。
 ネットスターズ大将はキザキ。先手番となったキザキですが、先手の利を捨てて自ら角交換を挑みます。「先手の利を捨てる」とはどういうことかといいますと、▲7六歩△3四歩▲2二角成△同銀という進行を見ていただきたいのですが、後手だけ△2二銀の一手を指した計算となります。つまり先手でありながら後手になったようなもので、なぜキザキがこうした選択をしたかといえば、角換わり腰掛銀を指したかったからです*3。ちなみに、角換わり腰掛銀とは次のような戦型のことをいいます。
●第10図(角換わり腰掛銀)

 図はあくまで一例です。角交換して5六と5四と歩の上に銀が腰掛けている形を「角換わり腰掛銀」と呼びます。図は角換わり腰掛銀の先後同形と呼ばれる形です。先手と後手のどちらを持つにせよ研究に自信がないと指せない局面です。事実上の後手番になってまで腰掛銀を指したいというからには、キザキは角換わり腰掛銀に相当の研究・自信があるのでしょう。相手の得意・棋風が分からないアマチュアの将棋では、このように自分の土俵で将棋を指すのはとても大事です。ところが、チッチはキザキのペースには乗りません。相手からの角交換に乗じて再び角交換四間飛車を採用します。
●第11図(p118より)

 図の局面を文字山は新型(ダイレクト)四間飛車といってますが、しかし、本局は角交換後で角が直通しているわけではありません。なので、細かいようですが新型は新型でも”ダイレクト”と呼ぶのはおかしいと思います。
 昔は、「振り飛車には角交換」といわれていたものが、時代は変わって今では「振り飛車から角交換」となってしまいました。本書で出てきている角交換振り飛車については、将棋監修の鈴木大介八段の本『角交換振り飛車 基礎編・応用編』が刊行されていますので紹介しておきます。

角交換振り飛車 基礎編 (最強将棋21)

角交換振り飛車 基礎編 (最強将棋21)

 ネットスターズとの対戦後、今度はなぜか将棋ボクシングという馬鹿げた勝負が始まります。確かにチェスボクシングという前例はありますし、実際に先崎学八段*4がやってはいますが……(参考:先崎学 - Wikipedia)。
 ただ、将棋とボクシングに相通じるものがないわけでもないらしく、例えば「将棋世界」2008年2月号には先崎八段とWBC世界フライ級チャンピオン(当時)内藤大助との対談が収録されていますが、そこでは、

内藤 ぼくはね、よく将棋とボクシングを組み合わせて考えるんですよ。こう行ったら相手はこう来る。そしてこうやってきたらこう打つ……。そういうふうにイメージを人に説明するときに詰将棋に例えるんです。
(「将棋世界」2008年2月号p10より)

といったことが述べられていますので、興味のある方は「将棋世界」のバックナンバーを探してお読みになられるとよいと思います。

 澄野対キザキの将棋ボクシングで澄野が将棋ラウンドで与えた「王将のみ」というハンデですが、持ち時間が分からないので正確な難易度は不明ですが、一見すると簡単そうに見えるかもしれませんが、いきなり短時間・短手数で詰ますのは何気に困難です。なぜなら、裸玉の状態はあまりに広すぎるからです。どれくらい難しいのか興味のある方は、試しに将棋の優良FLASHゲームとして知られるハム将棋の”ハム裸玉”を相手にしてみるとよいと思います*5
 あと、初心者の方はちょっと置いてけぼりになってしまうので少々申し訳ありませんが、右角対ネットスターズ先鋒戦の定跡手順として参考になりそうなものを以下に紹介しておきます。
▲7六歩△3四歩▲2六歩△4四歩▲4八銀△3二銀▲4六歩△4二飛▲4七銀△6二玉▲5六銀△4三銀▲4八飛△3三角▲6八玉△7二玉▲7八玉△8二玉▲5八金右△5二金左▲9六歩△7二銀▲3六歩△5四銀▲3七桂△1二香▲2五桂△2四角▲4五歩△同 銀▲同 銀△同 歩▲3三銀△同 桂▲同桂成△4一飛▲3二成桂△4三飛▲5五桂△4四飛▲6三桂成△7四飛(第12図)
●第12図

 上の手順と図は「将棋世界」2005年3月号p179沼春雄「右四間飛車で勝つ!」で示されているものです。以下の手順も紹介されていますが、右四間飛車不利の手順とされています(おそらく▲9六歩と△1二香の交換が損ということだと思われます)。14巻の進行とは端歩の関係などが異なるので同一局面とはいえないのですが、まずは元ネタといえるのではないかと思いますので参考まで(元ネタとしてより適切なものがございましたらご教示いただければ幸いです)。
 あと、澄野と斬野の過去話と描き下ろしオマケ漫画についてひと言だけ。


 081が801になっちゃうから!
【関連?】将棋とやおいと攻めと受け - 三軒茶屋 別館

 ……以上ですが、何かありましたら遠慮なくコメント下さい。ばしばし修正しますので(笑)。



【関連】
・『ハチワンダイバー』単行本の当ブログでの解説 1巻 2巻 3巻 4巻 5巻 6巻 7巻 8巻 9巻 10巻 11巻 12巻 13巻 15巻 16巻 17巻 18巻 19巻 20巻 21巻 22巻 23巻 外伝
柴田ヨクサル・インタビュー
『ハチワン』と『ヒカルの碁』を比較してみる

*1:厳密には、▲5八金右の一手が入ってないので「片美濃囲い」ですが。

*2:コメント欄にてご教示いただきましたが、玉が潜った瞬間に仕掛ける本局の仕掛けは『島ノート』(島朗講談社)p409「穴熊破り右四間返し」にて紹介されています。銀交換後、振り飛車側も右四間に飛車を振り直すことで局面をリードする指し方が解説されていますので、興味のある方はぜひお読みになることをオススメします。

*3:ちなみに、3手目で角交換するのであれば筋違い角戦法も有力だと思います

*4:マジでなにやってんの(笑)。ちなみに先崎八段は『3月のライオン』の将棋監修もやってます。

*5:ただし、ハムの動きにはパターンがありますので、それさえ分析してしまえば短手数で詰ますことが可能です。参考:You Tube-ハム将棋 ハム裸玉 短手数(ただし、2010年10月末のハム将棋移転によって指し手が多少変化していますのでご注意を。)