『3月のライオン 3巻』将棋講座

3月のライオン 3 (ヤングアニマルコミックス)

3月のライオン 3 (ヤングアニマルコミックス)

 『3月のライオン』単行本3巻がようやく発売されましたので、ヘボアマ将棋ファンなりにゆるく適当に解説してみます。

Chapter.24 横溝対三角戦

 獅子王戦、横溝対三角戦は相矢倉の出だしから後手の三角(スミス)が急戦を仕掛けます。

 p54より。角を4四に上がったところですが、この手自体には△2六歩〜△2五飛という狙いがあります。ところがこの局面、角一枚を犠牲にすることで銀と桂の2枚の駒を手に入れて、さらに飛車成りまで実現できます。大駒である角は飛車と並んで確かに大事な駒ではありますが、「二枚換えなら歩ともせよ」という格言*1もあるくらいで、二枚換えは有利とされています。なので横溝七段は▲4二角成〜▲2一飛成を決行しますが、これが罠。いわゆる”毒まんじゅう”です。△3一金▲2八龍に△2七歩!(p56より)

 歩の手裏剣が激痛です。取っても取らなくても厳しいです。横溝七段ここで投了。ちなみにこの将棋には元棋譜があります。1991年3月5日A級順位戦南芳一対塚田泰明戦がそれです。元棋譜の方は△2七歩のあとも頑張りますが80手までという短手数での投了を余儀なくされています。
【参考】校正畏るべし: 義七郎武藏國日記

Chapter.26 後藤対三角戦


 p84参照。後藤の居飛車穴熊に三角は風車で対抗します。居飛車穴熊は堅陣を背景に、ときに乱暴とも思える無理攻めを通すことも厭いません。対する風車(参考:風車 (将棋) - Wikipedia)は広さとバランスをモットーとする作戦で、場合によっては千日手も辞さないくらいの辛抱強さが求められます。三角は風車らしく細かくポイントを上げようとしますが、居飛車穴熊の暴力の前に苦戦を強いられます。

 p86より。飛車銀交換は明らかに駒損の攻めではあるのですが、玉の堅さに圧倒的な差があるので成立してしまいます。いわゆる「穴熊の暴力」です。現代将棋において穴熊が有利とされている理由でもあります。この後も穴熊の利を存分に活かして後藤が快勝します。
 ちなみに感想戦

 p86より。ここで△5二金左ではなく△6三金の方がよかったというのが後藤の主張で、正直それでも陣形の差で後手が苦しいと思います。ただ、重い軽いといった棋風の問題としては、△5二金左は自らの飛車先を止める”重い駒”になってしまっています。将棋の神様から見れば棋風など無意味なものかもしれませんが、神ならざる身としては、指し手の指針として棋風はとても大事です。
 ちなみに、この将棋にも元棋譜があります。1997年B級1組順位戦羽生善治大内延介戦がそれですので参考まで。
【参考】二度ある事は・・・・・・: 義七郎武藏國日記

Chapter.27 桐山対島田戦

 桐山対島田戦は相矢倉の将棋となりました。先手と後手のどちらを持っても力を出しやすい戦形だけに、大一番の舞台で頻繁に登場する花形の戦形です。

 p98より。飛車を5筋に回ったのが桐山の工夫です。よくあるのは3筋に回って攻めを狙うのがよくある形で、5筋に回るのは少々古い指し方とされています。もっとも、だからといってこれで先手が指せないということもないですけどね。桐山の工夫に対して島田は丁寧に応じます。攻め切るのは無理と判断した桐山は、ここから穴熊に囲います(p99より)。旧式の仕掛けの形から穴熊囲いというのは最近の将棋で時折見かけます。”古い器に新しい酒”といったところです。しかし、受けに回った途端に島田八段からの厳しい反撃に見舞われます。桐山は防戦一方。そして指された△6五桂!(p101より)

 角銀両取りの桂馬ですが、▲同金としてしまうと△5七角成とされて角をただで取られてしまいます。なので角を逃げるよりないのですが、△7七桂成とされては穴熊の堅陣は見る影もありません。もっとも、勝負としてはまだまだ難しいところはたくさんあったと思いますが、将棋はメンタル面が大きなウエイトを占めるゲームです。自らの誤り・見落としに気付いてから立て直すのは至難の業です。結局、悪い流れのまま桐山投了。
 ちなみに、この将棋の元棋譜2007年6月13日王位戦挑戦者決定戦:渡辺明深浦康市戦です。渡辺竜王のブログに詳しい内容が紹介されていますので参考まで(参考:王位戦挑戦者決定戦対深浦八段戦。 - 渡辺明ブログ)。
【参考】二度ある事は・・・・・・: 義七郎武藏國日記

Chapter.30 後藤対島田戦(獅子王戦挑戦者決定戦第1局)


 p146より。島田の一手損角換わり戦法からの激しい応酬です。角を取られるようでは後手が苦しいのは確かですが、しかしながら、そう簡単にはいかないのが将棋の難しいところです。
 この将棋の元棋譜は2008年A級順位戦佐藤康光木村一基ですので参考まで。
 なお、p152で島田八段が「一手損角換わりで先手をとろうとしたら」と述べてますが、一手損角換わりとは後手番の戦法で、あえて一手損してのカウンターを狙いとしています。なので、一手損角換わりで先手*2をとるのを狙うのは無茶といえば無茶なのですが、そういう指し方がまったくないわけでもないですから、ご愛敬ということで(笑)。

Chapter.30 島田対後藤戦(獅子王戦挑戦者決定戦第2局)


 p163より。p170の「先崎学のライオン将棋コラム3」にもあるとおり、両者入玉となれば通常は持将棋指し直しとなります。もっとも、この局面には後手玉に詰みが用意されています。手順は、▲3九龍△1八玉▲2九銀△1九玉▲1八銀△同玉▲1九歩△1七玉▲1六金△同玉▲3六龍△同香▲2六金△1七玉▲2七金までの15手詰めです。だとすれば、この局面からさらに3時間後に勝負がついたのはおかしいように思うのですが、それもまた愛敬ということで(笑)。



 以上ですが、ご意見等ございましたらお気軽にどうぞ。ばしばし修正しますので。
【関連】当ブログ解説記事 1巻 2巻 4巻 5巻 6巻

*1:ただし状況によります。二枚のうちの一枚が歩ではさすがに損な場合が多いです。

*2:この場合の先手は”イニシアチブ”という意味。