ハチワン=081=オッパイと読んでしまう人のための『ハチワンダイバー 2巻』将棋講座

ハチワンダイバー 2 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 2 (ヤングジャンプコミックス)

 『ハチワンダイバー 2』(柴田ヨクサルヤングジャンプ・コミックス)をヘボアマ将棋ファンなりに緩く適当に解説したいと思います。
(以下、長々と)

 p17。菅田の居飛車・銀冠囲いに対してメイドさん振り飛車穴熊です。ちょうど、1巻での目隠し対局の、互いに反対側を持った指し方です。菅田だけでなくメイドさん居飛車振り飛車の両方を指すみたいですね。
 菅田が▲6四金と打った局面です。これを△同金と取ってしまうと▲同角が王手飛車取りになってしまうので、△同金とは取れません。厳しい手に見えますが、ここから、△6六飛▲6三金△同飛▲6四金△8三飛となってp22。

 メイドさんは狙われていた飛車を6六に移動させて受けに活用しました。こうなってしまうと、菅田の持ち駒・歩1枚ではどうすることもできません。切れ負けで投了もやむなし、です。菅田の攻めが一見好調そうなだけに、10分切れ負けという短時間の対局でこんな指し回しをされるときついですね。

 対二こ神戦。二こ神は雁木の使い手です。菅田も述べているように、雁木は最近ではあまり見ない戦法(ないわけじゃないです)で、私も正直よく分かりません。本稿では、雁木について『雁木伝説』(毎日コミュニケーションズ 編)を主な参考資料にして書いてます。現在出版社品切れの本ですが、興味のある方は古書店等で探してみて下さい。

 雁木とは、江戸時代・17世紀の中頃に在野の棋客・檜垣是安が創案したと言われている駒組みです。その名前の由来は定かでありません。雪よけのための庇(→Wikipedia)とする説もありますし、私が持ってる初心者向けの将棋の本には、金銀の並びが雁が群れをなして飛ぶ姿に似てるから、とありまして、私はそういう風に昔からずーっと覚えてきました。戦陣”雁行の陣”と同じ発想ですね。
 余談ですが、武田信玄の戦陣の法の中に、「雁行の陣を立て、一陣が破れても、二陣の備えがあり、二陣が破れても、三陣四陣と敵にあたることができる」というのがあります。これって多分、『銀河英雄伝説5(プチ書評)』のバーミリオン星域会戦でラインハルトがヤンを迎撃する際に採用した「機動的縦深防御」戦法の元ネタですね(笑)。……すいません。話が思いっきり横道にそれました。将棋の話題に戻します(汗)。
 雁木の基本図です。

 あくまで基本図なのでこれが絶対というわけではありません。特に6五歩が突けるか突けないかで展開は大きく変わってきます。特徴的なのはやはり金銀の並びです。ここからの指し方は大きく2通りあります。一つは、角の筋と2枚銀、さらには右桂を跳ねての急戦を狙う指し方です。本には、決まれば気持ちの良さそうな攻め方が紹介されてます。これだけ読むと確かに有力そうでなぜマイナー戦法なのか分からなくなるのですが、いざ実際に指してみると世の中そんなに甘くないことが分かります(笑)。
 そこで、もう一つの指し方ですが、金銀の連結の良さを生かしての盛り上がり、すなわち金銀を押し上げて相手の攻め駒を責める指し方です。本局で二こ神が狙っている指し方もこれでして、専門の本にも紹介されているくらいの立派な指し方です(もっとも、本では入玉まで狙ってはいませんが)。
 ここで菅田が指している矢倉の一般的な構えと比較してみます。

 これもあくまで基本図・代表的な指し方の一例に過ぎませんが、雁木と比較すると守備陣と攻撃陣がはっきりしているのが分かります。王様は金銀三枚にしっかりと守られていて堅いですし、右側の攻撃陣は飛車角を中心に活躍させやすい形です。反面、攻撃陣の方を攻められると意外なもろさを露呈してしまうことがあります(俗にB面攻撃、などと呼ばれたりします)。
 対して雁木の方は、金銀の連結が良くて陣形全体のバランスも良いのですが、あまりに良すぎてどの駒を動かしてよいのか分からないという、組み上がった後の指し方が難しいところがあります。かと言って、守り一辺倒で相手の攻めを迎え撃てるだけの堅さもありません。そこで、相手の指し手を見つつ盤面のバランスを考えながら少しずつ自分の方を良くしていく指し方が必要となります。
 二こ神はB面攻撃からさらに入玉まで視野に入れます。将棋の駒は、基本的には前に進むものばかりです。歩・香・桂がそうですし、金銀も後ろにはほとんど利きません。従いまして、自陣に入玉されてしまうと詰ますのは非常に困難になります。また、入玉した側はその周囲にと金などの成り駒をどんどんと作り出すことで自玉をたちまち鉄壁の状態にすることが可能です。そんなことされたらまず勝ち目はありません。
 そんな局面がp90です。(漫画の方は視点によって盤面の上下が転換しますが、この記事内では先手:二こ神が下、後手:菅田が上で盤面図は統一します。)

 ここから菅田は、△1二香〜△1一玉と穴熊を思わせる指し手から△1三角と角を端に出る意表の指し回しで先手陣の中央を狙います(推測手順は△1二香▲4五歩△同歩▲同飛△4四歩▲4九飛△1一玉▲6八金△1四歩▲7四歩△1三角)。穴熊ならば△1三角のところは△2二銀ですし、どうしてもそっちをつい予想しがちです。で、p100。

 直接の狙いは金取りなので二こ神は▲5七銀で防ぎます。そして△5五歩▲同角△5二飛▲9一角成△5五歩(p111)。

 二こ神は「あるのかそんな手っ」と叫んでいますが、この歩は取れません。▲同歩だと△5六歩、▲同馬でも△同飛▲同歩△5六歩の銀取りで、銀が逃げると△6八角成で金を取られてしまいます。二こ神は角に狙われている金を6七に移動させることで凌いだつもりでしたが、△5六歩▲同銀△同飛▲同金△6八角成▲7七香△7五歩▲8二飛△7六歩▲3二飛成△9五銀でp121。

 ▲3二飛成自体は厳しく見える手ではありますが、しかし菅田の玉は詰みません。そこで△9五銀です。
 この9五銀は金でタダで取れますが、取ってしまうと△7五銀がどう受けても次に△7七歩成からの必死です。後手の菅田玉には依然として詰みがないので、これは二こ神がダメです。▲7八金の受けも△7七歩成以下詰んでしまいます。また、▲8八金と受けても△8六銀▲同玉△9五銀▲7五玉(同玉は△7五銀で必死)△8六銀打▲6六玉△5四歩、と一手一手で寄せられてしまいます。
 そこで、二こ神が▲3一金と打ったらどうでしょう。この手は次に▲2一金(もしくは竜)からの詰めろです。これを防ぐには下に利く駒、つまり飛車か金が必要ですが、菅田の持ち駒は歩と銀なので受けられません。私は最初△7八銀から二こ神玉が詰むと勝手読みをしていたのですが、コメント欄で素人さんご指摘の通り▲9八玉と引かれると詰みはありません。恥ずかしいーっ。そこで、気合を入れなおして再検討することにしました。以下はその修正手順ですが、私のレベルでは相当難解です(誰か助けてー)。
 まず、△7七歩成として▲同桂と跳ばせることで8九にスペースを作ります。そうしてから△7八銀と打ちます。先手は▲9八玉と引く一手(他は即詰み)ですが、そこで先ほど作ったスペースに△8九銀と打ちます。これは▲同飛と取る一手(玉が逃げても即詰み)で、△同銀不成▲同玉と手順に飛車を入手して、一旦△2二飛と受けます。

 これで菅田の玉は▲2一金(もしくは龍)からの詰みがなくなりました。さらに△2二飛は龍取りでもあります。▲2二龍と飛車を取っても△同銀以下、菅田の玉にすぐの寄せはありません。
 で、二こ神玉の方ですが、△8六銀の金取りという厳しい狙いが残ったままですが、だからと言って▲9五金と銀を取ってしまうと、△3二飛と竜を取られてこの手が必死なのでダメです。▲7九銀として邪魔な馬に働きかける手は考えられますが、やはり△3二飛に▲6八銀(▲同金は菅田の玉が詰めろじゃないし△5九飛とかで一手一手)に△3一飛と金を取ってしまうことで菅田は自玉を安全にしながら駒を入手できます。△8六銀による金取りへの対応と邪魔な6八馬への対応という、二つを一度にすることができないので先手は苦しいです。とは言え、ここから後手が具体的に勝負を決めるのは相当大変じゃないかと思うのですよ(涙)。
 と言うわけで、結局は▲7九銀△3二飛▲6八銀△3一飛▲9五金とするのが二こ神側の最善だと思います。以下、△8七金の詰めろに▲8八銀△6九飛となるでしょう。その後、私なりの双方の最善手を模索した結果の一例ですが、▲7九銀打△8六歩▲7八角に△2九飛が次の△7六桂を見た冷静な一着で、以下、桂打ちを見せられて仕方なく▲8七角△同歩成▲同銀と清算しますが、△7五桂▲7八金△6七香▲5九歩△8七桂成▲同金△6八香成▲同銀△6九角▲7八桂△5八角成(途中図)。

続きですが、▲4六馬△6七銀▲同銀△5九龍▲7九香△6七馬▲6六金△8六歩▲同金△7七馬▲8八銀△6八銀▲7六金右△6七馬でどうでしょう?

 こうなれば、持ち駒をすべて受けに使ってしまった先手に攻め味はありません。しかも、後手からは△5七銀打という馬を責めながら二こ神玉に迫る手がありますし、それを防ぐ有効な手段もありません。こうなるのであれば、投了もやむなしだと思います。ただし、最初の△9五銀から50手もかかってますが(汗)。ということで、菅田の△9五銀以降、完璧に私見ですが最善の手順を模索した結果をまとめると以下のとおりです(変化の余地もたっぷりです)。

△9五銀    ▲3一金    △7七歩成  ▲同 桂    △7八銀    ▲9八玉
△8九銀打  ▲同 飛    △同 銀不成▲同 玉    △2二飛    ▲7九銀
△3二飛    ▲6八銀    △3一飛    ▲9五金    △8七金    ▲8八銀
△6九飛    ▲7九銀打  △8六歩    ▲7八角    △2九飛成  ▲8七角
△同 歩成  ▲同 銀    △7五桂    ▲7八金    △6七香    ▲5九歩
△8七桂成  ▲同 金    △6八香成  ▲同 銀    △6九角    ▲7八桂
△5八角成  ▲4六馬    △6七銀    ▲同 銀    △5九龍    ▲7九香
△6七馬    ▲6六金    △8六歩    ▲同 金    △7七馬    ▲8八銀
△6八銀    ▲7六金右  △6七馬

 いずれにしても△9五銀以降先手に勝ちはないと思いますが、もっとスマートな分かりやすい手順がありましたらぜひぜひ教えて下さいませ(ペコリ)。

 菅田の快心譜とも言える一局ですが、『近代将棋』2007年4月号掲載の柴田ヨクサルのインタビューによれば、監修の鈴木大介八段(→棋士の紹介。菅田の師匠にそっくりですね・笑)が丸々作ったものだそうです。プロが作っただけに納得の内容です。最後の銀打ちも見事ですが、途中1二香から穴熊と思わせての端角が最高にかっこいいと思います。機会があれば自分でもぜひ指してみたいですが、なかなかこんなに上手くはいかないでしょうね(笑)。
 なお、雁木戦法についてより深く知りたい方には、以下のサイトなんかがオススメです。
amidalaの雁木研究
雁木党の苦悩 〜メジャー戦法になる日まで…。〜
非定跡党

 ちなみに、連載中だった週刊ヤングジャンプ2006年52号には、次回の煽りとして揉むや揉まざるやという馬鹿な柱(笑)が書いてあったのですが、これは、将棋界でよく使われる言葉、”詰むや詰まざるや”のもじりです。
 この”詰むや詰まざるや”にも元ネタがあって、そもそもは江戸時代の名人・三代伊藤宗看(→Wikipedia)の残した詰め将棋作品集『象戯作物』(俗称:『将棋無双』)のことを指します。この詰め将棋集、あまりの難解さに本当に詰むのかどうか謎とされ、それで”詰むや詰まざるや”と呼ばれるようになりました。現在ではこの”詰むや詰まざるや”は、将棋の終盤戦におけるギリギリの攻防において一方の王様の生き死にが勝敗に直結するような場面を指して、果たして詰むや詰まざるや、といった使われ方をすることが多いです。伝統があって使用頻度も高い言葉のもじりなだけに、将棋ファンが読むと思わず笑ってしまうんじゃないかと思います。

 p195。菅田の先手で始まった対文字山戦。

 菅田の四間飛車に対して文字山の居飛車穴熊です。菅田も言ってるとおり、ここまではよくある型で、定跡書でもここから先の展開が問題とされています。3巻でどうなるのか? 続きを楽しみにしましょう。
 ちなみに、居飛車振り飛車対抗形において、昔は居飛車側は急戦・玉の守りよりも仕掛けを優先する積極的な指し方が主流でした。それが、居飛車穴熊の登場によって急戦はすっかり少数派となりました。その優秀さゆえに居飛車穴熊は猛威をふるい、振り飛車党から居飛車党へと転向してしまう棋士もいたくらいで、まさに振り飛車党冬の時代でした。
 居飛車穴熊の何がそんなに優れているのか? 一つは周囲が金銀桂香に囲まれているがためにとても堅く、また王手がかかりにくい(流れ弾が当たらない、と表現されることがあります)というのがあります。もう一つ、相居飛車戦、あるいは相振り飛車戦の場合、通常互いの攻撃陣と防御陣とがぶつかり合います。ですので、安全勝ちというのは滅多になくて、互いに縦に攻め合って斬り合いになるのが通常です。ところが居飛車振り飛車対抗形の場合、互いの玉の反対側で、互いの攻撃陣同士がぶつかり合います。そうした柔道の組み手争いにも似た戦いの後、今度は互いに横から相手の玉を攻める展開になるのが一般的な流れです。そうしたときに、穴熊というのは他の囲いと比べて戦闘地帯より一路遠いところに王様がいるのです。たかが一路と思われるかもしれませんが、この一路が終盤において途方もなく遠く思えることがあります。
 つまり、堅くて遠いのが穴熊なのです。だったら振り飛車側も穴熊にすればいいんじゃね? というのもごもっともで、実際そういう相穴熊戦もよく指されます。ただし、相穴熊戦だと居飛車側の方が飛車先の歩が伸びてる分、手が作りやすくて有利じゃないか、というのが一応の共通認識みたいなところがありまして、いずれにしても振り飛車側としては苦労が絶えないのです。
 そんな振り飛車党にとって救世主となったのが藤井猛九段です。彼の編み出した新定跡・藤井システムは、居飛車側が穴熊に囲おうとする動きに対し、自らは囲いを放棄した居玉のままで猛攻を仕掛け攻めつぶしてしまうという斬新で画期的な指し方です。この新定跡によって、振り飛車党は再び息を吹き返すことができました。もっとも、藤井システムは確かに優秀ではありますが、絶対ではありません。定跡は日進月歩です。藤井システムに対して居飛車穴熊側も工夫してきます。藤井システムは序盤から激しい展開になりやすいので、場合によっては事前の研究手の一手で決着してしまうことも覚悟しなければなりません。また、一手争いのギリギリの変化になりやすいので一手の価値が非常に高くて、藤井システムを指す場合に先手ならともかく後手だと自信がない、という声も結構聞きます。それに、既存の振り飛車だって別に駄目になったわけじゃなくて、模様の良さを活かして少しずつ局面をリードしていく指し方は、むしろ見直されつつあると言えるかもしれません。そんなわけで、藤井システムを見送った菅田の選択もそれはそれで十分ありでしょう。
 p212、213。書き下ろしオマケ漫画の海豚四段対二こ神戦。何となく二こ神を後手番にしちゃいまいした(笑)。駒が見にくくて再現に苦労しました。

 多分、二こ神の△8七銀までだと思います。海豚四段が王様を逃がすとすれば6九か7九しかありませんが、いずれにしても△7八金以下の簡単な詰みです。ちゃんと二こ神の王様が入玉しているのが芸が細かいですね(笑)。


 ま、こんなところでしょうか。好きな漫画なので長々と語ってしまいました。何かありましたら遠慮なくコメント下さい。ばしばし修正します(笑)。

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