ハチワン=081=オッパイと読んでしまう人のための『ハチワンダイバー 21巻』将棋講座
- 作者: 柴田ヨクサル
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2011/09/16
- メディア: コミック
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ファンタスティック三郎対菅田戦
●第1図(p15より)
ファンタスティック三郎は右四間飛車+左美濃。対右角戦の右四間対ハチワンシステムは右角が居玉のまま仕掛けてきたので菅田も同じく居玉で応じることになりましたが、本局の三郎は左美濃に組んできたので、菅田も雁木に組んで迎え撃ちます。
●第2図(p18より)
四筋を中心に激しい応酬があって第2図。金と飛車の”田楽刺し”が決まりました。後手陣はいかにも重くてゴツイ形ですが、先手の右四間からの攻めを完全に圧殺してしまいました。盤面は後手有利といってよいと思います。ただし、話術にはまってしまった後手には時間がありません。菅田はここから連続小ダイブで正確な指し手を続けていきます。
●第3図(p54より)
二こ神さんばりの入玉を確定させて自玉は安全。さらに△6九龍は▲同銀だと△8七角までの詰み。ゆえに三郎は▲7九金と受けましたが(p61)、菅田も龍を逃げずに△8七角。決めに出ます。
●第4図(p74より)
投了図は詰みです。龍の利きがあるので角を動かすことができません。投了もやむなしです。
的当瞬将聖対鈴木大介八段戦
●第6図(p171より)
鈴木八段意表の居飛車!シュークリームの恨み*1を晴らすため(笑)、相手自分の土俵ではなく相手の土俵に乗り込んでの戦いを挑んだ一手。四手目にして早くも決断の一手です。
●第7図(p175より)
相居飛車から横歩取りへと進行。なぜ「横歩取り」と呼ぶかというと、▲7六歩△3四歩▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲2四歩△同歩▲同飛△8六歩▲同歩△同飛と互いに飛車先の歩を交換しあった後、先手の飛車が▲3四飛と横に動いて歩を取るからです。昔は「横歩三年の患い」といって3四の歩を取るのは悪手とされていたのですが、現代では取らない手よりも取る手のほうが主流ではないかと思います。もっとも、この戦型には後手番が誘導したという側面もありますので、後手から見れば「横歩取らせ」ともいえます。横歩取りにもいくつかの戦法がありますが、本局は現代将棋において横歩取りの主流戦法ともいえる△8五飛車戦法(中座飛車)に。対する先手は居玉のまま戦いを仕掛ける新山崎流を採用します。
ただし、p175の2コマ目を見ますと、先手の8七の地点に歩がありません。▲8七歩と打たれてから△8五飛と引くのが普通の手順です。なので、8七歩がないのが本局の主張であり工夫かな?と思っていたら、p184以下の盤面では8七の地点に歩が存在しています。いったいどういう手順で歩が打たれたのか私には分かりません(トホホ)。
●第8図(p184より)
というわけで、作中の盤面は8七の地点に歩があるのですが、私の脳内手順ではどうやっても再現できません。いったいどんな手順なのか……(トホホ)*2。
で、▲2三歩の撤甲弾ですが、この手はひと目厳しいです。金で取るか銀で取るかですが、△同金ですと、以下▲3五桂△3三金に▲4三桂成とされて△同金だと2二の銀を取られてしまいます。鈴木八段は△同銀と応じましたが、こちらも本譜のように▲4五桂△3二金で、1一の香車まで先手の角のラインが通ります。
●第9図(p198より)
横歩取りの戦型は飛角桂の飛び道具が飛び交う華々しい戦いだけに、あっという間に終盤に突入してしまうことも珍しくありません。第8図から互いの読みが噛み合って出現した第9図。後手玉には▲3二金△同銀▲同成香の分かりやすい詰めろがかかっています。5三の銀も取られそうですし、絶対絶命のように見えますが……。
●第10図(p200より)
△1四角!この手が上述の詰めろを受けながら、さらに先手玉に対する△6九飛までの詰めろにもなっています。絵に描いたような「詰めろ逃れの詰めろ」の攻防手になっています。勝負はまだまだこれから!ということで22巻に続きます……。
連続小ダイブと読みの技法
ファンタスティック三郎対菅田戦。三郎の話術にはまって持ち時間が少なくなってしまった菅田は連続小ダイブで正確な指し手を続けることで勝利をつかみます。連続小ダイブでは、このあとの的当将聖対鈴木八段戦で見られるような手数の分岐を奥の奥まで読むことはできません。ですが、長く手数を読んでもそもそもが間違っていては意味がありません。羽生・森内・佐藤康の三氏がひとつの局面においてそれぞれの読みを披露する『読みの技法』(島朗・編著/河出書房新社)という本がありますが、そのなかに次のような文章があります。
森内 私はあまり手数を読むほうではないので、むしろ「短く、正確に」考えればいいとおもっています。もちろん終盤になればもっと読まざるを得ませんが、難しい中盤戦では「短く、正確に」がモットーです。
(中略)
羽生 そもそも読みというものは、方向性が違っていれば、何百手読もうと意味がないのです。森内さんがいわれた「短く、正確に」はまさに読みの急所といえると思います。
――なるほど「3手の読み」というのはまさに至言なのですね。
(『読みの技法』p214より)
「短く、正確に」読み続けるための集中、それが連続小ダイブだといえるでしょう。
鈴木大介八段と居飛車
作中にて”100局指して100局「振り飛車」を指す男”とされている鈴木大介八段。ハチワンの将棋監修を担当している実際の鈴木大介八段も振り飛車党として知られています。作中にもあるとおり、先手なら石田流三間飛車、後手なら中飛車というエース戦法を持ってますし、それ以前にも四間飛車をエース戦法としていました。まさに振り飛車の第一人者です。……が、最近は少し事情が異なります。というのも2010年の夏頃から、鈴木八段が特に後手番において居飛車を採用しているのです。何ゆえ居飛車を指すようになったのか?「将棋世界」のインタビューにて鈴木八段は次のように答えています。
――いったい何があったの?
鈴木 勉強のつもりで居飛車の将棋を指しています。自分の研究でどこまで行けるか試してみたいと思ったんです。さすがにこれで勝ちまくろうと思っているわけではありません。指してみると居飛車も面白いですね。(中略)
――ゴキゲン中飛車はやめたの?
鈴木 やる人が多すぎて、特色が出しづらくなりました。もう中飛車側からは、なかなか新手を出せないですよね。角換わりや8五飛のほうが、研究すれば自分らしい将棋を指せる、存在感を示せるような気がしています。(中略)
――居飛車をやろうと思ったきっかけは?
鈴木 藤井さんが矢倉で実績を残したのが大きい。「振り飛車党も居飛車ができるんだ」という自信が湧きました。杉本さんもそう思ってるんじゃないですか。しばらく居飛車は続けるつもりです。もちろん相手も見ますけど。
先手でも居飛車を指そうと思っているのですが、すると今度は対ゴキゲンを考えないといけないから、それが面倒で(笑)。それにゴキ中とか早石田ばかりだと飽きてきますよね。(中略)
ゴキ中に居飛車党が参入して研究して荒らされたので、今度は私が居飛車党の将棋を荒らしてやれたらいいですね。
(「将棋世界」2011年1月号「突き抜ける! 現代将棋」p69〜70より)
主人公である菅田が指す「ハチワンシステム」は相手が居飛車か振り飛車かによって自在に変化するシステムですが、現代将棋では居飛車・振り飛車のボーダーが徐々に曖昧なものになりつつあります。やはり「将棋世界」の同インタビューにおいて佐藤康光九段が次のように答えています。
佐藤 私も自分を居飛車党だとは思っていませんよ。最近は、飛車の位置だけで居飛車/振り飛車を分けるのはおかしいと思うようになりました。振り飛車だって理詰めの将棋が増えたし、居飛車だって力戦やさばく将棋も多い。一手損でも、出だしだけでは、飛車を振るか振らないかはわからないでしょ。
――たとえば角交換のアリ/ナシで分けるとか?
佐藤 ええ、これだけいろんな戦法が出てきたら、角の使い方で分けてもいいと思うんです。
(「将棋世界」2011年1月号「突き抜ける! 現代将棋」p68より)
単に盤上での熱いバトルを描いているだけでなく、将棋史の戦法の変遷、特に現代将棋の戦法の特徴にまで踏み込んで将棋を描いている。そこが『ハチワン』のすごいところだと思います。
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以上ですが、何かありましたら遠慮なくコメント下さいませ。ばしばし修正しますので(笑)。
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