『煙突の上にハイヒール』(小川一水/光文社文庫)

煙突の上にハイヒール (光文社文庫)

煙突の上にハイヒール (光文社文庫)

 少しだけ未来の世界を舞台に、人間とテクノロジーとの関わりを描いた五つの短編集です。
 そんなに突飛なものではないテクノロジーと、それを使おうとする人の気持ち。テクノロジーによって生まれる関係。変容する社会。テクノロジーを開発する者の動機。そういったものが、テンポよく丁寧に描かれています。ときにはテクノロジーの正の側面だけでなく負の側面も描かれています。そこから生まれる葛藤や苦悩とかを大切にしつつ、それでも前に進もうとする人々の健気な気持ちが好印象です。
 巻末の坂木司の解説でも触れられていますが、五つの物語にはどれも、秘密を持った人々の物語であるという共通点があります。思うに、「じゅうぶんに発達したテクノロジーは魔法と区別がつかない」*1というA・C・クラークが残した有名な言葉があるように、テクノロジーはときに魔法に例えられます。だとすれば本書の物語は、正体を隠したまま日常生活を過ごしているついにその秘密を周囲の人々に明かすまでの魔法少女の物語のSF版だといえるでしょうか。あるいは、テクノロジーと深く結びついたテクノロジーが明かされることによって、そのテクノロジーは標準のものとなります。そのとき、社会は真にどのように変わっていくのか。そうした問題提起を読者に対して暗に投げかけるための趣向なのかもしれません。知性と感性とを心地よく刺激してくれる短編集です。オススメです。
 以下、各話ごとの雑感を。

煙突の上にハイヒール

 空を自由に飛びたいな。はい!マン・エンハンサー・バイ・ウイング(Mew)!
 付き合っていた男に振られたOLが出会ったのは空の世界。テクノロジーは誰に対しても平等で、だからこそ、それを優しく感じる人もいれば残酷に思う人もいて。そして、それはおそらく空も同じなのでしょう。
【参考】【海外の反応】 パンドラの憂鬱 海外「言うまでもなく日本製です」 世界最小のヘリコプターに外国人驚嘆

カムキャット・アドベンチャー

 猫がどこでエサをもらっているのかを調べるためにつけたはずのカメラが、いつの間にやら気になる女性の私生活を覗くためのものになってしまい……。このお話に出てくるカメラはおそらく現時点の技術でも可能でしょう。テクノロジーの正と負の側面がしょうもないかたちで、しかしながら端的に描かれています。

イブのオープン・カフェ

 介護ロボットの可能性と限界。人間の記憶は忘れることによって失われてしまうけど、コンピュータに記録させておけば失われることはありません。しかしながら……。

おれたちのピュグマリオン

 「イブのオープン・カフェ」のようなロボット社会を開発者側の視点からより俯瞰的に描いた作品です。人間とロボットとの関係が徐々に緊密になっていき、徐々にその境界が曖昧なものになっていって、そして……。深慮遠謀か、はたまた深謀(辛抱)遠慮か。とにもかくにも脱帽です。

白鳥熱の朝に

 いわゆるバイオハザードものではありますが、より正確にいえばバイオハザード後の物語です。致死性の伝染病によって計り知れない死者が出たあとの社会と生き残った人々がどのような傷を負って、そこからいかにして再生を図っていくのか。本作を本書の最後に配した点に作者の主張を感得することができます。