『アードマン連結体』(ナンシー・クレス/ハヤカワ文庫)

アードマン連結体 (ハヤカワ文庫SF)

アードマン連結体 (ハヤカワ文庫SF)

 SFを読みはじめたばかりの方や、久しく離れていたがまた読んでゆきたいとおっしゃる方から、「いまのSFにはついてゆけないよ」といった声をしばしば聞くのだけれど、クレスの中短編集はそのような敷居の高さをほとんど感じさせない。
(中略)
 解説にあるまじき思い切ったことを言ってしまうと、ナンシー・クレスの作品で、ふるえがくるような驚天動地のアイディアにわれを忘れて興奮するといったことは、ある程度SFを読み慣れている人なら、おそらくあまりないだろう。しかし、「これをこう捻るか」「こういう文脈で使うか」と、アイディアの”実装”において考えさせられることはしばしばあるのだ。
(本書巻末の冬樹蛉の解説p514〜520より)

 『ベガーズ・イン・スペイン』に続くナンシー・クレスの日本オリジナル短編集第2弾です。
 やはり巻末の解説で触れられているのですが、クレスの作品は女性や子どもや老人といった社会的弱者からの目線で描かれているものが多いです。そうしたことも、作品自体を上から目線のものではなく、まさに地に足のついた物語とすることに寄与しているのだと思います。以下、作品ごとの雑感。

ナノテクが町にやってきた

 「じゅうぶんに発達したテクノロジーは魔法と区別がつかない」とはA・C・クラークが残した言葉ですが*1、本書はまさにテクノロジーを魔法として扱っています。そのためSFともファンタジーとも読める寓話に仕上がっています。

オレンジの値段

 もしかして、オレンジとアレンジがかかってるのかしら? 戯言ですけどね(笑)。祖父の心孫知らず(逆もまた然り)な心の溝にタイムトラベルのガジェットを絡めた佳品です。

アードマン連結体

 2009年ヒューゴー賞中長編小説部門受賞作。
 『アルフ』(アルフ (テレビドラマ) - Wikipedia)のお話の中で『E.T.』とならんで『コクーン』(コクーン (映画) - Wikipedia)という映画の名前が出てきたことがあります。それくらい『コクーン』って向こうじゃ有名な映画なのかと思ったり。つまり何をいいたいのかと言えば、本作を読んで『コクーン』を思い出したというそれだけのことです。
 ただ、”老い”をテーマにしたSFはアメリカだと結構メジャーなのかもしれないと思ったりしました。

初飛行

 確かに捻りのないストーリーかもしれませんが、SFというのは得てしてこういうものかもしれないと思ったり。

進化

 抗生物質と耐性菌とのいたちごっこ。進化と人の心の機微とをシンクロさせつつ描いた苛烈な作品です。

齢の泉

 本書収録作の白眉。「アードマン連結体」と同じく”老い”がテーマですが、アードマンが静ならこちらは動です。86歳の主人公が大事にしている過去の思い出。30年という寿命と老いの停滞を確約する技術(ただし30年後に必ず死にます)。衰退と停滞の中から未来を指向する作品です。それでいてストーリーは皮肉というか捻りが利いていて唸らされます。なんとも憎らしい傑作です。

マリゴールド・アウトレット

 出口を求めるインナースペースもののSF、ということになるのでしょうが……。いい意味でSFらしさを感じない作品です。

わが母は踊る

 正直、初読時にはいまいちピンとこなかったのですが、キリスト教文化圏の作品だという宗教性を指摘されて成程と。
【関連】『ベガーズ・イン・スペイン』(ナンシー・クレス/ハヤカワ文庫) - 三軒茶屋 別館