大人と子供の境目ってどこでしょうか。『惑星のさみだれ1〜10+外伝』(水上悟志/少年画報社)

惑星のさみだれ 10 (ヤングキングコミックス)

惑星のさみだれ 10 (ヤングキングコミックス)

大人と子供の境目ってどこでしょうか。
大体が10代〜20代前半の漫画の主人公の目には、20代中盤の人物は大人に映ります。
主人公世代の導き手であり、老いによる力の衰えもない。
しかし社会人的には20代は後半でようやく新人の冠が取れたというところです。
世界は広くて、大人の道は長い。
自分で働いて、自分で稼いで、ガシャポンをコンプリートするまで回し続けるのに躊躇がなくなった時、大人の階段を一段登ったのか、あるいは大人気ないことをしているのか…
それは大人と子供の境目について考えた一瞬でした。

(『惑星のさみだれ』2巻表紙カバー折り返しより。)

 大人気ない大人たちや達観した子供たちの物語である『惑星のさみだれ』。そんな登場人物たちの関係性や言動を見ていると、大人と子供の境目などないに等しいというか無いも同然に思えてくるわけですが、しかしながら、作中にてハッキリと大人と子供を区別している場面があります。それが、9巻での対アニムス戦です。

「茜が子供?
身体の大小や年齢は関係ない
ここには戦士しかいない
子供はお前だけだ アニムス」

(『惑星のさみだれ』9巻p183より)

 このセリフの意味を考える上で、2つの大事な要素があります。ひとつは、ここにいるのが茜太陽、月代雪待、星川昴、宙野花子、東雲三日月、白道八宵、風巻豹、南雲宗一朗、そしてアニムスであって、アニマと雨宮夕日と朝比奈さみだれがいないということ。もっと言ってしまえば、朝比奈さみだれがいないことが、このセリフを成立させています。
 もうひとつは、この場面の直前での茜太陽が出した「宿題の答え」です。茜太陽が抱えていた宿題、それは騎士側につくか魔法使い側につくかというもので、もっとシンプルにいえば、未来を望むか否かというものでした。騎士となる前から破滅の象徴・ビスケットハンマーを認識することができた茜太陽。そんな太陽に対してロキは「強い方に付こう」と提言していました。別に世界が滅びても構わないと思っていた太陽はその提案をあっさりと肯定しますが、しかし、騎士たちとともに過ごし戦っていくうちに、さらには11体目の泥人形との交流の中で、彼の心境に変化が生まれていきます。そして、最後の最後で、アニムスに立ち向かうことを決断します。

「お前が未来を望むのならば
何者が敵でも
叶えよう!!小さき友よ!!」

(『惑星のさみだれ』9巻p164より)

 ここに至ってアニムスと太陽を峻別するものが明らかとなります。それが、未来を望むか否かです。かつてアニムスは風巻豹との対話の中で、自身の目指すところを次のように語っています。

「神の力を持ってはいても最初は人間の肉体を持って生まれた だから僕には欲がある それが」
「”全て”を知ること」
「そう その肉欲に従って 僕は正常に機能する」

(『惑星のさみだれ』4巻p123より)

 ”未来で生まれ時空をすり潰しながら過去へと遡り全ての原初まで収束する先進波”(4巻p123より)。全知のために未来を捨てた存在、それがアニムスです。

「運命に呑まれ 世界に翻弄されて
人に依存し 果てに望むは破滅!!
思い通りならないことにヒスを起こしておもちゃを壊す
そんな子供だキサマは」

(『惑星のさみだれ』2巻p52より)

 こちらは序盤でノイが夕日を詰問したときの言葉で、雨宮自身も特に動じることなく受け入れたものですが、個人と世界との思い通りにならない関係の中にあって、破滅を望むのか、それでもあえて未来を望むのかが、本作において大人と子供とを峻別するひとつの基準であるといえるでしょう。

「大事なことは知るだけではダメなんだ…
時間をかけ魂に刻み込まねば…全知などくだらん…
ザンくん…見えるか…?
ほら…子供達が先に…行く…
私より未来に…走って…行く…よ」

(『惑星のさみだれ』4巻p189〜190より)

 自分よりも未来に進んでいく子供たちの背中を笑顔で見つめることができた師匠に対して、未来へと進む道をいっしょに歩むことができず、その背中を涙を流しながら見つめるしかない少女がいました。朝比奈さみだれです。

皆未来(さき)へ行きたいんだ
そしてあたしは行けないんだ
あたしが居ない未来(ところ)で 皆幸せになるんだ
止まれ時間 止まれ! 止まって!! お願い!!
知ってたのに 知ってたのに なんで今さら あたし

(『惑星のさみだれ』10巻p64〜65より)

 アニムスが見ていたものが”過去”であったのに対し、さみだれが見ていたものは”今”です。治療法が確立されていない難病に冒されていた彼女が、”大事なのは今その一瞬を生きている自分を感じられるかどうか”(10巻p79より)という価値観にたどり着くのは自然なことだと思います。それでもあえて、過去と今を乗り越えて未来へと進む道を選ばせる物語、それが『惑星のさみだれ』という、子供が大人になるまでを描いた物語なのです。

これにて物語完結の第10巻でございます。
エピローグ多めの構成でお送りします。
色んな物語を見ては、
「このキャラあの後どうなったの?」
と気になってばかりいた10代の頃の自分の仇を取るつもりで描きました。
くどかったらご勘弁を。
物足りなかったら……その続きはキミが描け!

(『惑星のさみだれ』10巻表紙カバー折り返しより)

 本作は、特に序盤においてメタなネタが散見されますが、それというのも、本作自体が未来(さき)というか、「次の物語」という枠の外を指向しているからこそだといえるでしょう。ちなみに、『水上悟志短編集Vol.3 宇宙大帝ギンガサンダーの冒険』には、『惑星のさみだれ』完結記念小冊子に載せられていた外伝「惑星のさみだれ64.5話[太陽と世界]」が収録されています。「このキャラあの後どうなったの?」茜太陽Ver.です。シリーズ読者にて冊子を手に入れ損ねた方はこの機会に是非。
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