『蝶たちの迷宮』(篠田秀幸/ハルキ文庫)

蝶たちの迷宮 (ハルキ文庫)

蝶たちの迷宮 (ハルキ文庫)

 それではお約束通り「メイントリック」及び「真犯人の正体」を暴露することにしよう。

 この《事件の犯人》は、「探偵」である。またそれは、「証人」でもあり、同時に「被害者」でもある。
 のみならず犯人は、この小説の《作者》でもあり(だから私自身ということになる)、かつ《読者》でもある(だからたった今この小説[『蝶たちの迷宮』]を読み進められ始めた、あなた自身ということになる)。

 異常に述べたことを、更に分かりやすく図解すると次のような構造になっている。

★《犯人》=「探偵」=「証人」=「被害者」=《作者》⇒《読者》

(本書p14〜15より)

 巻末の付記によれば、竹本健治は本書について「本作品は破綻しているからこそ最大の価値がある」と評したとのことですが、その言葉のとおり本書は破綻しています。普通の意味で面白い作品でもなければオススメできる作品でもありません。解説込みで572ページという大作ですが、読了してもその労力に見合うだけの読後感は得られないであろうことをあらかじめお断りしておきます。
 とはいえ、試み自体は面白いものがあります。すなわち、『シンデレラの罠』(セバスチアン・ジャブリゾ/創元推理文庫)の探偵=証人=被害者=犯人という趣向に挑戦している点。加えて、アンチミステリの傑作として知られる『虚無への供物』(中井英夫講談社文庫)に果敢に挑んでいる点。これだけ聞くと面白そうに思えますが、欲張りすぎ・企画倒れの感も否めなくて、結果としては後者の懸念そのままの残念な作品となっています。本書は、学生運動家庭内暴力といった社会問題も扱っています。アンチ・ミステリとしての既存ジャンルへの反骨と社会への問題提起は相乗効果を発揮できそうにも思うのですが、本書の場合には社会的問題の描かれ方があまりにも青臭すぎていただけません。もう少し生臭さがあればよかったと思うのですが……。とはいえ、青春小説としては程ほどに痛々しくてよいかもしれません(笑)。
 本書はとても凝った構成になっています。いくつもの作中作。作中で繰り広げられるいくつもの推理合戦。1979年から始まる僕たちの学生生活の間に挟まれる1980年からの精神科医と彼との会話。メタな構成は虚実の境を曖昧なものとし、ついには作中で描かれている物語自体が実際にあったものなのかどうかも怪しいものとなっていきます。
 そんな本書において象徴的なものとして随所に現われるのが黄金の白い蝶です。いったい白い蝶とは何を意味しているのか……?
 これだけ凝った構成で、これだけ思わせぶりな要素を詰め込んでおきながら、その真相はあまりに拍子抜けで本当にガッカリです。とはいえ、このガッカリ感は学生運動にも相通じるものがあるといえます。そういう意味ではよくできた作品であるといえるのかもしれません。
 最後にぶっちゃけますと、私がこうして本書を紹介することにした理由は、すでにお察しの方もおられるかもしれませんが、サウンドノベル『うみねこのなく頃に』とかなり近しいものを感じたからだったりしますのであしからず。

シンデレラの罠 (創元推理文庫 142-1)

シンデレラの罠 (創元推理文庫 142-1)

新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫)

新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫)

新装版 虚無への供物(下) (講談社文庫)

新装版 虚無への供物(下) (講談社文庫)