『ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち』(三上延/メディアワークス文庫)

 鎌倉の片隅にある古本屋「ビブリア古書堂」。店主である篠川栞子は、古本屋のイメージに合わない若くてきれいな女性で物語や古書についての知識も豊富でありながら初対面の人とは口もきけない人見知り。おまけにただいま入院中。そんな彼女の頼みを受けてひょんなことからビブリア古書堂で働くことになった五浦大輔は、古書にまつわる謎と秘密、それに秘められた想いに触れることになる……といったお話です。
 「書を捨てよ、町へ出よう」とは寺山修司の言葉ですが、書を捨てて町へ出たところで古書店があればふらふらと入り込んでしまうのが本好きの悲しい性というものです。
 新刊書店よりも安い値段で本が手に入る、というのもありますが、ネット書店が発達した現在となっては、わざわざ古書店などに行かずともネットを使えば安価で古本を買うことができますし、作中でも述べられていますが、実際今の古書店ではネット書店での売買が売り上げのかなりの部分を占めています。また、電子書籍の登場によって、本という媒体から物語自体を切り離して入手することも可能になってきています。本=物語という時代は終わったともいえます。
 とはいえ、本の存在意義は依然として大きいです。何だかんだ言っても再生媒体の主流はいまだに紙とインクによって作られた印刷物である本です。ただ、本の存在が必ずしも絶対的なものとはいえなくなった今だからこそ、本というものの価値に改めて気付くということはあります。物語や評論といった著作の価値ではない、本の価値です。本には物語があります。その物語が込められている本にも物語があります。そして、その本に関わることによって物語が生まれます。デジタルなデータやりとりからは生まれることはないアナログならではの物語です。
 というわけで、本書は古書にまつわる謎解き物語です。たかが本されど本。びっくりするような値段がつくこともあれば、時代や元々の所有者の思いを背負っていることもあったり、あるいは、本のパーツが思わぬ役に立つこともあったりと。物語と現実をつなぐものが本である、という見方もできます。書の中に入り込むだけでなくて、書を捨てて町へ出ることも大切です。書を捨てずに町へ出る、本読みにとっては素敵なお話です。
 ミステリにはビブリオ・ミステリと呼ばれるジャンル内ジャンルがありますが、本書もそうした系列に属する作品として位置づけることができます。ストーリー的に若干都合がよすぎるのではないかと思うところがなくはないのですが、四話構成(+プロローグとエピローグ)という展開のスピーディーさを重視すれば致し方ないところでしょうか。個人的にはエロ本と古書店の関係について触れて欲しかったと思うのですが(笑)、これは作品の雰囲気的にないものねだりというものでしょう。
 本好きに優しい本好きのためのお話です。
【関連】
『ビブリア古書堂の事件手帖 2― 栞子さんと謎めく日常』(三上延/メディアワークス文庫) - 三軒茶屋 別館
『ビブリア古書堂の事件手帖3 ―栞子さんと消えない絆』(三上延/メディアワークス文庫) - 三軒茶屋 別館
ビブリオ・ライトノベル - 三軒茶屋 別館(ビブリオ・ミステリの定義について)