『子ひつじは迷わない 走るひつじが1ぴき』(玩具堂/角川スニーカー文庫)

 問題(problem)を解くのが本格ミステリの探偵。問題(trouble)を解決するのがハードボイルドの探偵。……じゃないかと思うのです。本書はそんな本格ミステリ型の探偵とハードボイルド型の探偵という2人の異なるタイプの探偵が織り成す学園ラブコメミステリです。
 探偵という役割に求められる上述のような違いは、通常あまり表面化することはありません。多くのミステリにおいて問題となるのは殺人事件ですが、そうした刑事事件の場合には、探偵が問題(ploblem)が解決すれば後は警察が問題(trouble)を解決してくれます。しかもそれは司法手続きに則って粛々と行なわれます。
 ところが、刑事事件ではない事件の場合においては、たとえ問題(problem)を解いたとしても、だからといって問題(trouble)がすぐに解決されるとは限りません。場合によっては解明よりも解決方法の方が問題になることが多々あります。いわゆる”日常の謎(参考:日常の謎 - Wikipedia)”と呼ばれるタイプのミステリなどは特にそうしたことが当てはまるといえます。
 「生徒の悩みを解決します」という目的で生徒会によって立ち上げられた「迷わない子ひつじの会」。そこに持ち込まれる悩みというか謎の数々は、今のところ本格ミステリ的にはしょぼくてどうしようもないものばかりです。ですが、本書の読みどころは、どのような真相なのかではなくて、どうやって事件を解決するかの方にあります。なので、今のところ本格ミステリ型の探偵である仙波明希の能力は宝の持ち腐れで、本書においてその意義と真価が問われているのはハードボイルド型の探偵、成田真一郎です。
 与えられた情報から真相を導き出す本格ミステリ型の探偵と、闇雲に行動することで事件を解決するハードボイルド型の探偵。両者の関係は、一見すると本格ミステリ型の方が優位に立っているように思えます。真相が解明できれば、ほとんどの場合、事件を解決することができるからです。しかし、事件の解決を目的とするハードボイルド型の探偵にとって、問題(problem)の解というのは、本来的には手段にすぎなくて、目的ではありません。あるならあるで極めて貴重で便利なものに違いありませんが、ないならないで何とかしてしまう。たとえ自らがどんなに痛い目をみることになったとしても……。真相など事件を解決すれば自然と明らかになるだろう……。それがハードボイルド型の探偵というものです。そう考えると、成田は仙波を気にする一方で仙波のほうは成田を冷たくあしらい続けるという二人の関係もより面白くなってくると思います。
 ちなみに、成田と仙波を上記のような異なるタイプの探偵として考えますと、両者の介在役となっている佐々原は、成田から見れば相棒で、仙波から見ればワトソン役ということになるのかなぁと思ったり。いや、彼女の役割がどうなるかは今後の展開次第ですね。非常に興味深いキャラクタです。佐々原の他にも成田と仙波にちょっかいを出してくるキャラクタはいます。そうしたキャラクタによって二人の探偵性(特に仙波の側)が揺さぶられているのも面白いです。なかなか一筋縄ではいかなそうな気配が漂っています。
 早くも続巻の予定があるみたいですので、私としては今後の展開がとても楽しみです。願わくば、2巻でなくてもいいので仙波にも真正面からスポットが当てられるお話が用意されて、そのときには本格ミステリとして上質で難解な謎が立ちはだかればいいなぁと、自分の中での期待値を勝手に上げて続きを待つことにします(笑)。
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