『子ひつじは迷わない 騒ぐひつじが5ひき』(玩具堂/角川スニーカー文庫)

 まったく……妙な眼鏡女に冷たく罵られるのに通い詰めるなんて、そんなまさか。
 変態じゃあるまいし。
(本書p118〜119より)

 思うに、本書表紙カバー絵には佐々原だけではなくなるたまバージョンも何かの付録や特典などで用意すべきではなかったでしょうか*1。そんなシリーズ5冊目は文化祭編。既存キャラの再登場による後日譚的側面が多分に含まれている構成ですので、これまでのシリーズを既読の上で本書を読まれることを予めお断りしておきます。

第一話.VS演劇部秘剣帖

 演劇部で演じることになった時代小説『古十郎刀暦』*2中の秘剣「負の太刀」の正体を巡る謎解きと、相談者の演者としての資質とが問われるお話。
 過去記事『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬/ミステリ・フロンティア)のプチ書評でも少し触れたことがありますが、『魁!!男塾』などの格闘漫画とミステリは構造的に類似している点があると思いますが、本シリーズにおいては、さらに格闘漫画と近しいミステリであるといえます。例えば男塾では「知っているのか雷電!」と雷電なとの説明役キャラが敵キャラが繰り出す不可思議な技の解説をしてくれます。ミステリであればそれで終わっても構いませんが、格闘漫画の場合には解説だけでは駄目で、それを前提にいかに相手の技を破って勝利するか、といった解決部分が重要です。その点、真相の解明役と事件の解決役の役割分担がなされている本シリーズは、『魁!!男塾』に近しいミステリであるということがいえるでしょう。

第二話.EX『々人事件』

 ハレとケ。単調そのものな日常「ケ」に対し特別な日である非日常という「ハレ」。文化祭という華やかで賑やかな盛り上がりを描きつつ、その一方で、祭りの裏にある寂しさや悲しさなどがそこはかとなく描かれています。
 ミステリには「日常の謎」(日常の謎 - Wikipedia)という用語があります。何気に定義が曖昧な用語なので取り扱い注意ではありますが(苦笑)、ミステリとは基本的には犯罪(その多くは殺人事件)を謎解きの主たるテーマとしています。それに対して、「日常の謎」と呼ばれる作品の場合はそうではなく、日常生活に現れるふとした謎を問題としています。日常の謎=人が死なないミステリとされることもある所以です。
 そうした括りに倣えば、「子ひつじは迷わない」シリーズも(現時点では)学園生活における生徒たちが持ち込む謎(悩み)を解決するミステリとして、「日常の謎」に属する作品として理解することができます。ですが、本書では文化祭という非日常を描いています。非日常ですが、殺人事件が起きるわけではありません。つまり、殺人事件≠非日常ですが、それでいて「死」とは何かを、シリアルになりすぎることなく、それなりに真剣に描いています。そもそも、「死」とは何も非現実的なものでも非日常的なものでもありません。「日常の謎」における「日常」とは何か? そんなミステリ読み的テーマを遠景として楽しむことができる逸品です。
 ちなみに、将棋部のそこそこ高級な将棋盤を一般客に開放して自由に指してもらうという「将棋盤自由解放」のアイデアはなかなか秀逸じゃないかと思いました*3

第三話.VSラオコーン

「言うなれば『口絵や挿絵は物素晴らしいけど文章はどうしようもない文庫本』みたいなものでし――」
「ノーコメントで続けるわよっ」
(本書p248より)

 ラオコーン論争(ラオコオン論争 - Wikipedia)、すなわち空間芸術と時間芸術の問題をライトノベルあるいはミステリとして開きなおしたお話。とはいえ、物語のタッチ自体はやはりそれほどシリアスではなくてさりとて軽薄というわけでもなく、その辺りのバランスの妙がこのシリーズの魅力だと思います。
 本書では、第一話から第三話へと進むにつれ、「死」についての考えが徐々に抽象から具象へと近づいてきます。とはいえ、具体的なものになるわけでもなく、その点では「日常の謎」の枠内を出るものではありません。しかしながら、「死」というものが描かれていないわけでありません。「日常の謎」は「人が死なないミステリ」といわれることがあります。ですが、それは決して不死者たちの物語というわけではありません。極論ではありますが、登場人物たちの成長や性格・関係性の変化といったものの先には確実に「死」があります。中二病だのなんだのいわれようと、学生にとって「死」は重要なテーマです。そんな最終的に不可避なゴールを見据えながらも、いかにして未来に希望を見出すか。青春ミステリだからこそおざなりにできないテーマだと思います。もっとも、ラオコーン論争よりもカップリング論争のほうが下手をすれば目立っているような気もしますが、そんな「照れ隠し」*4も決して嫌いではなくてむしろ大好きです。
 ミステリとしてもキャラ萌え青春小説としても、相変わらず奥行きのある物語を堪能することができます。続巻もとても楽しみです。オススメです。
【関連】
『子ひつじは迷わない 走るひつじが1ぴき』(玩具堂/角川スニーカー文庫) - 三軒茶屋 別館
『子ひつじは迷わない 回るひつじが2ひき』(玩具堂/角川スニーカー文庫) - 三軒茶屋 別館
『子ひつじは迷わない 泳ぐひつじが3びき』(玩具堂/角川スニーカー文庫) - 三軒茶屋 別館
『子ひつじは迷わない うつるひつじが4ひき』(玩具堂/角川スニーカー文庫) - 三軒茶屋 別館
『子ひつじは迷わない 贈るひつじが6ぴき』(玩具堂/角川スニーカー文庫) - 三軒茶屋 別館

*1:表紙カバー絵を描く際になるたまにすべきか否かで議論があったに違いない、と思いたいです。

*2:作品名の元ネタは、久生十蘭『顎十郎捕物帳』(【参考】久生十蘭 - 青空文庫)でしょう。主人公:仙波阿古十郎にライバル探偵:藤波友衛とキャラの名前もかぶります。ただ、ストーリー自体は完全な創作なのか元ネタがあるのか判じかねます。何かご存知の方がおられましたらご教示いただければ幸いです。また、p39”剣豪、巫女、碁敵……どこかで聞いたような……? 気のせいでしょうか。”という一文について、私には思い当たる節がまったくありません。この点につきましても併せてご教示いただければ幸いです。

*3:だからこそ、将棋ヲタ的に”将棋を打つ”という表現が許せません。将棋は”打つ”ものではなく”指す”ものだということを強調しておきます。

*4:含羞としてのミステリ、的な意味で(【参考】ミステリと恋愛についての駄文 - 三軒茶屋 別館)。