「謎解き専門の探偵」と「事件を解決する探偵」と「やらない偽善」と「やる偽善」

カラット探偵事務所の事件簿 1 (PHP文芸文庫)

カラット探偵事務所の事件簿 1 (PHP文芸文庫)

 以前、角川スニーカー文庫2作品に見る「謎解きをする探偵」と「事件を解決する探偵」の違い。という雑文を書きましたが、その際、『カラット探偵事務所の事件簿 1』(乾くるみPHP文芸文庫)に触れなかったのは片手落ちだったといわざるを得ません。言い訳すれば、すっかり文庫派になってしまったために単行本(新刊)についてまったくの情弱だからということになるのですが(トホホ)、とにもかくにもせっかくなので『子ひつじ』と『カラット』を絡めてみることに。
 まずは『カラット』から。『カラット』には以下のような記述があります。

真相を明らかにすることと、事件を解決することは、似ているようで違います。
(『カラット探偵事務所の事件簿 1』p99より)

 『カラット』では上記雑文で述べたようなことがハードボイルドの探偵と”名探偵”の探偵を引き合いに出されつつ書かれています。ただし、『カラット』では「謎解き専門」を謳う名探偵が活躍するものの、謎が解けさえすればあとはどうなっても構わない、というスタンスを取っているわけではなくて、事件の解決もしっかり重視しています。安楽椅子探偵に終始することなく現場に足を運び事件関係者と顔を合わせて話を聞くことで、謎解きだけでなく事件の解決もスムーズになされています。なので、両者が異なるものであることについての指摘はなされているものの、両者の違いによって生じる対立や齟齬といったものは、『カラット』内(少なくともシリーズ1巻)においては生じていません。
 一方、『子ひつじ』においては「真相を明らかにすること」と「事件を解決すること」の役割がはっきりと分かれおり、事件に対する両者のスタンスもはっきりと異なります。謎解き専門の探偵役は事件に積極的に関わろうとはしません。

「わたしは、それが自分自身の障害にならない限り他人に踏み入ろうとは思わない。そうすれば、少なくとも能動的に人を傷つけることはなくなる」
(『子ひつじは迷わない 走るひつじが1ぴき』p216より)

 それに対して、事件解決を担当する探偵役は自分が馬鹿なことをしているという自覚を持ちながら、それでも他人や事件に積極的に関わろうとします。

「うるさいな……僕だって解ってるよ、バカなことしてるって。それでも出しゃばり続けるのは多分……味を占めちゃったから、かな」
(『子ひつじは迷わない 走るひつじが1ぴき』p247より)

 こうした「謎解き専門の探偵」と「事件を解決する探偵」の対立は、「やらない偽善」と「やる偽善」の関係に近しいように思います。

偽善で結構!!
やらない善よりやる偽善だ!
鋼の錬金術師 15巻』(荒川弘/ガンガンコミックス)p29より

 だからこそ、両者が立場を違えながらもひとつの事件について共にいがみあいながら(?)も関わることで、「やらない善」と「やる偽善」の化学反応による「やる善」が実現する……かもしれない。それが、『子ひつじ』の面白さなのだと思います。
【関連】
『カラット探偵事務所の事件簿 1』(乾くるみ/PHP文芸文庫) - 三軒茶屋 別館
『子ひつじは迷わない 走るひつじが1ぴき』(玩具堂/角川スニーカー文庫) - 三軒茶屋 別館