『子ひつじは迷わない 泳ぐひつじが3びき』(玩具堂/角川スニーカー文庫)

 子ひつじシリーズ3冊目です。
 本書には3話収録されていますが、ミステリとしての出来栄えは「第一話.VSメドレー」が一番の読み応えです。イニシャルが刻まれた校章盗難事件を巡っての出来事を時系列順に整理して、そこから容疑者たちの心理を推察し合理的な解釈を導き出す。関係者である水泳部員の泳法を絡めたプロファイリングも蛇足というか牽強付会気味ではありますが、まずまずの面白さです。それでいて、せっかく導き出された合理的な解釈を単に説明するのではなく別のアプローチから解決法を模索するという本シリーズならではのパターンも相変わらず健在で嬉しいです。
 ですが、本書の問題は2話目以降にあります。
 本編とあとがきは原則的には別ものです。別ものですが……。

 2巻が出てからこの3巻が出る間に大変なことがありました。
 被災された皆様にはお見舞い申し上げますとともに、世情なにかと落ち着かない中で本書を無事出版へ導いて下さった皆様、そして手に取っていただいた全ての方に深く感謝いたします。
本書あとがきp290より

 別ものだとしても、あの震災の出来事を抜きにして物事に接することのできる読者もそうはいないでしょう。その上で、あの震災を念頭に本書の2話目以降を読みますと、ただでさえ重いやりとりがさらに重くなってくるといわざるを得ません。
 2話目以降では、ミステリ的謎解きというよりも登場人物の掘り下げ、特に本書では主人公の一人である成田真一郎の行動原理が問題となります。「第二話.EXモルグ養生記」にて、仙波は成田の本質をメサイアコンプレックスだと指摘します。

メサイアコンプレックスって知ってる? 自分の劣等を自覚することを嫌う人間が、自分より劣る相手を見つけて親切を押し付けるの。執拗に、相手の迷惑も考えずにね。そうすれば、施しをしてる自分は、少なくともその相手よりは上等だって思い込めるから。
 君の場合、お節介は生来の性格なんでしょうけど、その無分別で何度も失敗をして、無力感を味わってコンプレックスを育てて、必死に他人に関わろうとしてる。悪循環の自転車はどこまでも加速する」
本書p160〜161より

 こうした「謎解きする探偵」から「解決する探偵」*1に対する深層心理の分析と指摘という展開は、同じく羊の名を冠するサスペンス『羊たちの沈黙』を思い起こさせます。

「きみは今でも時折目が覚めるのだろう? 子羊たちが悲鳴をあげている暗闇の中で目を覚ます?」
羊たちの沈黙』(トマス・ハリス新潮文庫)p325より

 こうしたメサイアコンプレックスの毒性を中和するために、「解決する探偵」が活躍するハードボイルド型の探偵小説の多くの探偵は私立探偵という職業を選択することで無償での働きを拒んでいるのだといえるでしょう。ゆえに、校内の奉仕活動のボランティアとしてお節介を続けている成田は、こうした自らの性分を指摘され突きつけられたときに反論することができません。それはまさに「やらない偽善」と「やる偽善」に直結する問題だといえます。
 そこに訪れる成田にとっての過去の失敗エピソードの再来、「第三話.VS薄倖少女」。止まってしまった成田の時間と心を動かしたのもまた仙波です。理屈が通っているような通っていないようなその言葉によって再び動き出した成田がとった行動は、探偵というよりは「怪盗ルパン」に代表される怪盗ものに近い非道なもので、でもそれもまた立派な解答だと思います。ホントに酷いけど(笑)。
 ミステリとしても青春小説としてもなかなかに楽しめる良シリーズです。次回は学外が舞台でしかも長編という本シリーズにとっては初物づくしのものとなる予定とのことです。今からとても楽しみです。
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羊たちの沈黙 (新潮文庫)

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