『愛おしい骨』(キャロル・オコンネル/創元推理文庫)

愛おしい骨 (創元推理文庫)

愛おしい骨 (創元推理文庫)

「ハンナ、どうしてこの町はこんなに奇人変人ばかり引き寄せるんだろう?」
「寛容さのせい。それがコヴェントリーのいちばんの長所ね。だから、エイモス・パーシーがどう思おうと、神がイカレた説教師をかくまうこの町を罰することはないわ」ハンナは図書館の前で車を止めた。「もうひとつ考えられるのは、人はみんな順番に気が狂うものだっていうことね」
(本書p337〜338より)

 とりあえずイザベルのツンデレがすごいです。まずツンがすごいです。「恋するイザベルはせつなくて、オーレンを見るとすぐ殺そうとしちゃうの」といわんばかりに馬や車で轢き殺そうとするのです。いやホントに(笑)。しかし、もっとすごいのは実はデレのほうです。普段はあんな態度をとっておきながら好きな人のアリバイを確保するためにあんなことしちゃうとは恐れ入ります。とにかくイザベルのツンデレが印象に残りすぎてどうしましょう? いや、本来そんな作品ではないはずなので、おそらくは読み手の側に問題がありまくりだと思うのですが……。いや、そんな読み方してるから、そこから先に思いが至らなくなってしまうのですけどね(苦笑)。
 開き直ってツンデレにこだわって読解してみますと、本書はツンデレフラクタル(参考:フラクタル - Wikipedia)だといえます。登場人物のごとごとくがツンデレで、彼らが暮らしている町もまたツンデレで、物語そのものもツンデレだといえます。登場人物がツンデレなのは、大抵が素直になれなかったり隠し事があるためのツンですが物語が進むにつれて打ち解けてきます。
 主人公のオーレンは20年ぶりに故郷コヴェントリーに戻ってきます。しかし、そこで彼を待っていたのは20年前に行方不明となった弟ジョシュアの骨がひとつずつ家の前の玄関に置かれていくという奇妙で不可解な事件で、オーレンは自らの過去と再び向き合うことになります。それは、秘められた町の姿を、若かった頃には見ることができなかった町の真実を見つめなおすことでもあります。
 免疫学の分野において、寛容という状態があります。体内に異物・ウィルスが侵入した場合に通常であれば免疫反応によってそれらは撃退されます。ですが、急激な免疫反応はときに守るべき体内そのものの破壊につながる場合があります。その反対に、異物やウィルスが侵入したにもかかわらず免疫反応が起こらずにそれらと共存が図られることで、結果として生命が維持される場合があります。そうした状態を免疫学的寛容と呼びますが、コヴェントリーはまさにそうした状態にあるといえます。それはまた、合理性や論理性が尊ばれつつも非合理や狂気といったものと共存することで繁栄してきたミステリというジャンルの姿の反映であるともいえます。そして、本書においては登場人物の一人ひとりが抱えるそうした非合理的な思いや狂気といったものが、とても大切にされています。骨という名の人間の芯が描かれたお話です。オススメです。