『破壊者』(ミネット・ウォルターズ/創元推理文庫)

破壊者 (創元推理文庫)

破壊者 (創元推理文庫)

 女は波間にただよっていた。うねりに乗って沈むたびに、塩辛い水が喉から胃へと流れこんで、苦しさにつかのま覚醒する。そのたびに、いったい何が起こったのかと戸惑うのだが、脳裏によみがえるのは、荒々しくレイプされたことではなく、手指の骨を折られたことだった。
(本書p13より)

 小石の浜で女性の遺体が見つかる。そして、死体発見現場から遠く離れた町では、被害者の三歳の娘が保護されていた。犯人が母親を殺して娘を無事に解放したのは何故か?そして犯人はいったい……?といったお話です。
 原題が「THE BREAKER」ですから、邦題「破壊者」はまさにそのままです。被害者の尊厳を徹底的に否定し人権を破壊するという意味で、強姦殺人という犯罪は忌むべきものです。527ページという紙数において、強姦殺人について微に入り細を穿つ捜査が行われるというのが本書の内容です。当然のことながら読んでて気分がよくなるはずもなく、物語の雰囲気は終始陰鬱なものです。でも、読ませます。それはやはり陰惨な物語の中にも救いが描かれているからです。
 強姦殺人犯が犯した破壊。それは単に被害者の貞操や生命といったものだけでなく、被害者のプライバシーといったものまで破壊していきます。そしてその連鎖は被害者の関係者にまで及びます。そうした破壊は、ときにマスコミによって行われたり、あるいは司法機関によってセカンドレイプと呼ばれる二次被害が生じたりします。本書においては、捜査機関によって連鎖的な破壊が行われます。ただ、それは再生のための破壊としてあるべきものです
 犯人はいったい何者なのか? 容疑者は早い段階で早々に二人に絞られます。ゆえに、その二人について警察による徹底的な捜査が行われます。容疑者がそれぞれに抱えている秘密が暴かれて、どちらが犯人であってもおかしくないギリギリのところまで踏み込んでいく様子はさながらチキンレースにも似たサスペンスです。
 本書では犯人探しの他に恋愛模様も描かれていますが、レイプという通奏低音が流れているだけに、その描かれ方はどうしても慎重かつ繊細なものとなります。しかも、ヒロインがとんでもないツンデレです。男の側から見れば押すに押せない手詰まりの状態なわけですが、そんなやきもきした展開も物語を引っ張る大きな一因となっています。
 ゲイ向けのポルノ雑誌とか児童ポルノのビデオといった性的な要素が事件に絡んできたり、打算による結婚によって生まれた子供の心理状態がクローズアップされたり、レイプ以外にも気が滅入ることばかりが描かれています。そうした事柄について目を背けることなく、証拠や証言を洗い出し、両者の間に生じる齟齬や矛盾を突き詰め真実を明らかにしようとする警察の捜査活動が、本書ではとても丁寧に描かれています。そんな警察小説としての魅力も本書にはあります。
 レイプという単語が頻出しますので、苦手な方は苦手だと思われます。ひとつの作品について語るときに、作者が男だから女だからといろいろ言うのはあまり好きではないのですが、本書のような作品を描けるのは女性作家だからこそでしょう。そんなことを思ったりしました。