『消えた錬金術師---レンヌ・ル・シャトーの秘密』(スコット・マリアーニ/河出書房新社)

消えた錬金術師---レンヌ・ル・シャトーの秘密

消えた錬金術師---レンヌ・ル・シャトーの秘密

 献本いただきました。どうもありがとうございます。

 カラスはただのカラスかもしれないのに、隠れた意味を探そうとする人は、無理やりそこに何かこじつける。何世紀も経った古い石の彫刻に主観的な意義、信仰、あるいは夢想を投影させたって、創作者はそれに反論しようにも、もうこの世にはいないのだから、そんなことは安直すぎるだろう。〈隠された知識〉を巡る陰謀めいた理屈や伝説とはそういうことなのだ。多くの人が、まるで過ぎ去った時代の真相だけでは満足できないし、面白くないとでもいうように、歴史に別な解釈を必死で求めてきた。それは人間の存在が単調であるという現実の埋め合わせであり、自分自身の退屈で刺激のない生活に複雑な筋書きを加えたいという願望だったのかもしれない。映画の脚本のように過去を書き換えながら、下位文化はそのまま神話のまわりから発展してきた。錬金術の調査を通じて、ベンには、それが興奮を求めて自分のしっぽを追うような、下位文化の別の姿のひとつにしかすぎないように思われた。
(本書p52〜53より)

 本書は、探偵ベン・ホープが主人公のシリーズ第1作です。
 巻末の訳者あとがきによれば、本書の原作2007年に刊行されて本国イギリスで大ヒット。ヨーロッパを中心に十八言語に翻訳、世界三十カ国で発売。その後、加筆・修正されてベン・ホープのシリーズ五部作の第一作目として再び発売(本書はこちらの版を元に翻訳)。すでに映画化が決定しており着々と準備が進められている、とのことです。
 訳者あとがきで紹介されている「読んでいるうちに映像を見ている気分にさせる」という読者の評は確かにそのとおりで、映画化がすでに決定しているというのも分かります。ですが、裏を返しますと、小説を読んでいるという醍醐味に欠ける、という意味を言外に含んだ評価であるともいえます。
 本書で題材となっている錬金術についての知識、”フルカネリ”という錬金術師についての記述については、著者あとがきによれば事実(あるいは資料)に基づいて書いたものだとのことです。なのでそれなりに楽しめますしとっかかりとしては面白いと思いますが、一方でネットで少し調べればすぐに分かるような表層的なものに過ぎないのも否めません。そのため、そちら方面にコアな知識をお持ちの方が読むと拍子抜けでしょう。
 主人公のベン・ホープは元SAS(英国陸軍特殊空挺部隊)の隊員で、今は誘拐された子供の救出を生業としています。そんな本業といえる子供を救出する場面が序盤で描かれているのですが、これがなかなか緊迫感があります。このまま子供の救出劇がメインのほうが面白そうだと思ったくらいです(笑)。それがなぜか錬金術の調査というストーリーになって、それでいて、錬金術についての記述が浅かったり対立することになるキリスト教カタリ派の組織の設定が薄っぺらかったりして困ってしまいます。いったいなぜ?と思うのですが、つまりは上に引用した作中のベン・ホープの思索にならえば、錬金術やらカタリ派といった怪しげな知識や陰謀などに過度な意味を求めたりせずに、そこで繰り広げられているアクションやバイオレンスやロマンスを素直に楽しむ読み方が吉、ということなのだと思います。……ちょっと拳銃ぶっ放しすぎの撃ち殺しすぎな気がしますが(笑)、こういうところも映像を見てるっぽいと評される所以なのでしょうね。
 シリーズ第二弾『モーツァルトの陰謀』は2010年秋に刊行予定、とのことです。
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