『モーツァルトの陰謀』(スコット・マリアーニ/河出書房新社)
- 作者: スコット・マリアーニ,高野 由美
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2010/10/09
- メディア: 単行本
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「軍隊でやってきたことについて、ぼくはあまり話さなかった。その話をするつもりはないし、そんなことを話したくはない。でも、普通の人が決して耳にすることのないような事件がたくさん起こっている。いつでもね。歴史の教科書が絶対に触れることのない戦争をやってきたんだよ。主戦場から遠く離れたところで軍事行動がおこなわれて、自分たちでも理解することさえできないような作戦行動をぼくだちは実行した。何をやっているのかさっぱりわからなかった。標的と命令が与えられただけなんだ。名前さえ知らない場所を破壊した。僕たちはゲームの駒だった。ぼくたちはばかだった」
(本書p258より)
『消えた錬金術師---レンヌ・ル・シャトーの秘密』に続くベン・ホープ・シリーズ2作目です。
モーツァルトの陰謀というタイトルで本文508ページというボリュームですが、モーツァルトについての薀蓄がそんなに充実しているというわけではありません。巻末の作者あとがきでも触れられている大ヒット映画『アマデウス』を観たことがある身としてかなり物足りなく思ったのが正直なところです。モーツァルトの死因について、本書独自の解答は確かに用意されています。その真偽や説得力はさておくとして、それが仮に真実であったとしても、本書のような一大事件にまで発展するというのは到底理解できません。というより、あとがき4ページだけ読んだ方がモーツァルトの死因にまつわる謎について詳しくなれるというのはこれいかに(苦笑)。
なので、作者がモーツァルトという人物や死因について詳しくないわけではないことは明らかで、その知識を実際に物語に落とし込む際にはかなりセーブされたものであることが分かります。それというのも読みやすさ、すなわちリーダビリティというものを何よりも優先しているからに他なりません。
巻末の作者インタビューによれば、作者は本よりも映画の影響を受けていることを強く自覚しています。実際、本書では主に映画において用いられるカットバックという場面転換の手法が頻繁に用いられています。場面転換がリズミカルに行なわれることで読者を飽きさせないこの手法はサスペンスにはもってこいの手法です。また、場面だけでなく時系列までときには転換されることで、読者は時空のしがらみから解き放たれた開放感とでもいうべき感覚で物語に乗せられます。その結果、本書は500ページ超という厚さを誇っているにも関わらずあっという間に読了することができます。
その代わりといっては何ですが、読了後に残るものはあまりありません。
本音をいえば、私は何も残らない小説よりも何かが残る小説の方が好きです。私がミステリという理屈っぽいジャンルを好んで読んでいるのも、理由としてはそれが”頭に残る”からというのがあります。もちろん”心に残る”小説も好きですが、とにもかくにも”残る”お話の方が好みです。ですが、それは好みの問題というべきで、残らないからといってそれが悪いというわけでもないでしょう。500ページ超というボリュームをストレスなく読めたということは、その時間においては幸せな読書時間を過ごせたということを意味します。また、読書を趣味としている人間は、ときに「読んだ」という実感だけが欲しくて読書をすることがあるのではないかと思うのですが(私がそうです・苦笑)、そういう人間にとって、本書のようは本は単純な読書欲を取り合えず満たす目的で読むのには最適の本だといえると思いますし、映画化が予定されているというのもさもありなんといったところです。
シリーズ第三弾『THE DOOMSDAY PROPHECY』(原題)は2011年春刊行予定とのことです。
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