『晩夏の犬』(コナー・フィッツジェラルド/ヴィレッジブックス)

晩夏の犬  ローマ警察 警視ブルーム (ヴィレッジブックス)

晩夏の犬 ローマ警察 警視ブルーム (ヴィレッジブックス)

「もう一度訊くが、なぜおまえもおれもアレヴァじゃないと思うんだ」
「直感です」
「それは別にして」
「直感を信じないんですか」
「もちろん信じるさ。まちがってるのに正しいと思いこむ、警官特有の謎めいた才能だ」
(本書p157より)

 猛暑のローマで動物愛護団体の活動家が何者かに殺害された。被害者が現役国会議員の夫でもあり、一方でマフィアのボスの娘と愛人関係にあり、さらには闘犬ビジネスの摘発に関わったことでマフィアの恨みを買った可能性もあったことから、事件は当初から強い政治色を帯びる。警察上層部や内務省が捜査に関与してくる中、現場の指揮を任されたブルーム警視は稚拙な犯行の手口からそれらとはまったく違った犯人像を第一に想定して捜査を行うことにするが……といったお話です。
 イタリアはローマを舞台とした警察小説です。イタリアを舞台とした警察小説を描こうとすれば、組織的にも個人的にもマフィアとの関係を抜きに語るわけにはいきません。一方で、警察・司法についてイタリアならではの体制というものも描かれる必要があります。もしも本書が、それらをイタリア人の視点からイタリア人向けに描いた作品であるとしたら、イタリア国内のみで読まれることはあっても、CWA最優秀新人賞候補作に選ばれたり、こうして邦訳されることもなかったでしょう。
 本書の主人公であるアレック・ブルーム警視は、アメリカ人でありながら理由あってローマの警官たちに育てられ自らも警官になったという変り種の警視です。それゆえにローマの警官として完全に馴染みながらも、一方でアメリカ人としての価値観を根底に抱きながら捜査に当たります。そんなイタリア人としての価値観とアメリカ人としてのそれとがそこはかとなく比定されながら語られることによって、ローマ警察の特殊性などが異国の読み手にも自然に伝わるように描かれているのが本書の大きな特徴であるといえます。ちなみに訳者あとがきによれば、作者も生まれはイギリス人でありながイタリアに移り住んだという経歴の持ち主ということで、そうした作者の価値観が主人公に的確に落とし込まれているということがいえます。また、ブルームのそうした特殊な経歴は、そうした比定のためのみならず、警察組織とマフィアとの関係という本書の大枠にも深く関わってきます。実に巧みな構成です。
 政治介入やマフィアからの圧力などが描かれつつも、地道で堅実な捜査に基づく真実の探求というブルームの姿勢は警察小説としてはオーソドックスなものです。それでいて、本書は、特に後半以降において、思いもよらぬ展開を次々と見せていきます。本書の主人公はブルームですが、見方によっては犯人やパオローニの物語であるといえます。それは、堕ち続ける者と踏み止まろうとする者の緊張と葛藤の物語です。
 600頁超というボリュームに違わぬ中身の詰まった一冊です。オススメです。