『高慢と偏見とゾンビ』(ジェイン・オースティン&セス・グレアム=スミス/二見文庫)

高慢と偏見とゾンビ ((二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション))

高慢と偏見とゾンビ ((二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション))

18世紀末イギリス。謎の疫病が蔓延し、死者は生ける屍となって人々を襲っていた。田舎町ロングボーンに暮らすベネット家の五人姉妹は少林寺の手ほどきを受け、立派な戦士となるべく日々の修行に余念がない。そんなある日、近所に資産家のビングリーが越してきて、その友人ダーシーが訪問してくる。姉妹きっての優秀な戦士である次女エリザベスは、ダーシーの高慢な態度にはじめ憤慨していたものの……。全米で誰も予想だにしない100万部を売り上げた超話題作、ついに日本上陸!
(本書裏表紙より。)

 脳に蛆が湧いたとしか思えないあらすじですが(笑)、これが困ったことに面白いのです。もっとも、半分以上は原作の面白さですけどね。
 訳者あとがきで解説されていますが、本書は19世紀英国文学の傑作『高慢と偏見』(『自負と偏見』)にゾンビを組み合わせたマッシュアップ小説です。古典文学のリバイバルとして、例えば小学館ガガガ文庫では跳訳シリーズといった試みがなされたりしていますが、それらは過去の名作に重きを置きながらも、設定やストーリーなどを現代版にアレンジすることによってあくまでも別の作品として作られるのが常とされています。
 ところが本書の場合には、文章もストーリーもほぼそのまま(訳者の言葉を借りれば「八割以上そのまま」)に、ゾンビやらニンジャやら少林寺といった設定が素知らぬ顔で付与されています。作者名をセス・グレアム=スミス単体で紹介するのも憚られるくらい、基本的なストーリーはそのままです。同人誌でもここまではなかなかできないのではないでしょうか(苦笑)。それほどまでに厚顔無恥な試みなのは間違いなくて、なんでまたこんな企画を考えて実現に至ったのかについては訳者あとがきで詳しく述べられていますので興味のある方は是非。
 そんなわけですので、本書を読もうと思われた方には、まずはオリジナルであるオースティンの『高慢と偏見』(訳によっては『自負と偏見』)を先に読まれることを強くオススメします。その上で本書を読まれた方が、文章やストーリーの微妙な改変が楽しめて確実にお得だと思います。
 それにしても、本書は何故こんなに面白いのでしょうか。『高慢と偏見』とゾンビとが、ときにマッチしときにミスマッチすることにより生まれる笑いというものは確かにあります。一見すると上品ぶった恋の駆け引きの裏に潜む欲望や打算といったものがゾンビとの戦いによって肉付けもしくは昇華されるから、というのもあるように思います。また、原作自体が備えている知的ユーモアがゾンビという悪趣味かつ無粋なユーモアによって引き立てられている、というのもあると思います。加えて、訳者あとがきで述べられてますが、古典にありがちなくどくどした冗舌な描写も適度に刈り取られていることや、ところどころにゾンビとの戦闘シーンが入り込むことによって目先が変わるため退屈せずに読める、というのもあるでしょう。それより何より、ゾンビが跳梁跋扈しているという異常な状態にも関わらず、そっち方面への対策はそこそこに原作準拠の恋愛模様が抜け抜けと展開していく様子が一番おかしいように思います。
 あくまで原作あっての面白さではありますが、キワモノ好きの方であれば私が特にオススメなどしなくとも手に取らずにはいられない一品でしょう。
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