『おおきく振りかぶって』に見る”形作り”

おおきく振りかぶって(14) (アフタヌーンKC)

おおきく振りかぶって(14) (アフタヌーンKC)

形作り
負けを覚悟したとき、少しでも相手の方に迫って綺麗な形(特に一手違い)で投了すること。プロの場合、棋譜が残るので綺麗な形で負けなければいけないという慣習がある。形作りというのは日本独特の感覚だと思われるが、最近はやや死語になりつつある。プロの将棋では、明らかに挽回不能な状況の時に途中で投げてしまうことがあるが、それも美学の一つで、形作りの延長である。
日本将棋用語辞典』(原田泰夫, 荒木一郎東京堂出版)p41〜42より

※14巻までのネタばれあります。未読の方は読んじゃ駄目!絶対!
*1

「毎年ベスト16まではいろんな学校がまじるんだよ」
(中略)
「だけどベスト8になると グッと実力が均衡する」
おおきく振りかぶって』3巻p21〜22より

 西浦高校は5回戦で敗退。ベスト16止まりで負けてしまいました。西浦高校がどこまで勝ち進むのか、連載中はまったく予測がつきませんでしたが、振り返ってみると負けるべくして負けることが予定されていたのだといえます。
 高校野球はトーナメント。県大会で勝ちあがれるのはわずか一校。そうなると、自然と「負け」が描かれることが多くなります。野球というゲームは得点を競い合うゲームです。理屈としては最後のアウトになるまで何点でも取れる可能性はありますが、現実問題として、点差が開けばゲームの中でも自分たちの「負け」を意識しないわけにはいきません。そんな「負け」をどのように自覚して、それを受け入れてなお全力を尽くし戦うか。『おおきく振りかぶって』にはそんな形作りにも似た球児たちの心理とプレーする姿が描かれています。
*2
 野球はタイムアウトでは試合は終わりません。自分たちでイニングを進めなくてはなりません。その意味では、互いに手を指し合ってゲームを進める将棋と似ています(今の将棋の公式戦には時間切れ負けがありますが)。 
*3
 プロ野球と違って高校野球の地方大会には点差によるコールドゲームが認められています(参考:コールドゲーム - Wikipedia)。コールドではなく9回まで。負け方の問題という意味ではまさに形作りですが、個人戦ではないチーム戦ならではの思いがあります。
*4
 いつまで「勝利」を見つめ、どこから「負け」を意識していくのか。アウトが増えるたびに認めざるを得ない敗北。この巻の9回の西浦の攻撃にはそんな現実が速からず遅からず即時的に描かれていて印象に残ります。
*5
 高校野球では、試合終了後に対戦相手と応援席に礼をするまでがひとつの形です。なので、西浦の選手たちも試合終了後すぐに挨拶をするためにベンチを出て、そのあとスタンドにも挨拶をします。これは中学時代にも野球をしてきたために身についているある種の切り替えであり習慣であるともいえるでしょう。勝負事に打ち込むということは、負けたときの身の処し方というものを否が応でも学ばないわけにはいきません。しかし、西広だけは西浦で唯一の野球初心者で中学時代の野球経験がありません。なので、最後の打者になってしまったということもあるのでしょうが、負けたのがはじめてで、それを上手く受け入れることができません。おそらくはそれを察して無言で西広をフォローする花井。
 全力を出し切った末での敗北を描き切ったことで、今後は個人としてもチームとしてもさらなる成長がテーマとなっていくことでしょう(特にバッテリー)。「形作り」の判断基準や考え方は様々でしょうが*6、形があるからこそ壊すことができて、それが次へとつながっていく、ということもいえると思います。西浦ナインのこれからに期待です。

日本将棋用語事典

日本将棋用語事典