『解錠師』(スティーブ・ハミルトン/ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

解錠師〔ハヤカワ・ミステリ1854〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

解錠師〔ハヤカワ・ミステリ1854〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 決して動かぬように考え抜かれた、硬く揺るぎない金属の部品の数々……。それでも、力加減をまちがえなければ、何もかもが正しい位置に並び、その瞬間にドアは開く。なめらかに、突然解放される金属の動き。回転する音。手に感じる反応。逆に、金属の箱のなかで何かがしっかり閉ざされて、動かせずにいる感触。
 ついにそれを解き放ったとき……
 ついにその錠のあけ方を知ったとき……
 どんな気分だったか、想像できるかい?

(本書p59より)

 8歳の時の出来事によって言葉を話すことができなくなったマイケル。少年には才能があった。絵を描くことと、どんな錠でも開けること。高校生となったマイクルは、とあるきっかけからプロの金庫破りの弟子となり、そして芸術的な腕前を持つ解錠師となる。しかしそれは、決して許されざる才能でもあった……といったお話です。
 2011年のアメリカ探偵作家クラブ(MWA)エドガー賞最優秀長篇賞と英国推理作家協会(CWA)スティール・ダガー賞受賞と、ミステリ読みが反射的に手に取ってしまうには十分な受賞歴ではあります。加えて、訳者あとがきによれば本書はヤングアダルトに読ませたい一般書に与えられるという全米図書館協会アレックス賞を2010年に受賞しています。
 というわけで、本書はミステリ読みはもとよりジュブナイル読みに興味を持っていただきたい一冊、といいますか、率直にいって上質なジュブナイルとして評価したほうがよいのではないか思うくらいです。ミステリでよく出てくる「密室」という定番のテーマですが、その密室性の多くを担保しているのが鍵の存在です。その密室性を解錠師は無効化してしまいます。そういうわけで、ポケミスというレーベルで『錠前師』というタイトルを見てしまうと、それだけで「メタ密室ミステリかも?」と過度で勝手な期待をしてしまったわけですが、そうした動機で本書を手に取るとしょんぼりかもしれません。ですが、そういう話ではないことは読んですぐに分かるわけですが、気付いたときにはもはや本書を読み進める手を止めることはできません。
 話すことができない少年の視点によるナイーブで内省的な語りは、一方で、外的な環境によって左右されてしまう少年犯罪の特徴を描き出しているといえます。沈黙は美徳かもしれませんが、主張すべきときに主張できないというのはやはり不幸なことです。
 言葉を失うきっかけにもなった過去のトラウマ級の出来事。それが具体的にどのようなものであったのかは物語の最後のほうで明らかとなりますが、その出来事も相俟って、マイクルは自らの人生と価値観を閉じ込めてしまいます。本書は、刑務所で服役している現在のマイクルが、9歳の頃からと17歳の頃からの、おもに2つの時間軸から彼自身の過去を邂逅するという構成となっています。2つの時間軸と、8歳の時の出来事と、そしてマイクルの現在と、4つの時間軸が重なることで、物語の最後の最後に彼の真実が明らかとなる構成。それはあたかもダイヤル式の錠の4つの番号がすべて正しい位置に合わせられて解錠されるかのようなイメージを連想させます。
 少年の純粋さは、ときに視野の狭さと紙一重だと思います。友情や恋に懸命だった少年がなぜ道を踏み外すことになったのか。指先の器用な少年の不器用な生き方の先に待っていたのは刑務所ですが、それでも、決して最悪ではありません。他の選択肢を模索することを諦めないで欲しいという素朴な訴えが、サスペンスフルなストーリーによって説教臭くなることなく上質なエンターテインメントとして描かれています。ジュブナイル小説として高く評価したい所以です。多くの方にオススメしたい一冊です。