『ジェイクをさがして』(チャイナ・ミエヴィル/ハヤカワ文庫)

ジェイクをさがして (ハヤカワ文庫SF)

ジェイクをさがして (ハヤカワ文庫SF)

 この街でもう、僕が頼りにできるやつはいない。きみなら道案内をしてくれるか、少なくとも一緒に迷うことはできると思ったわけだ。
(「ジェイクをさがして」p23より)

 チャイナ・ミエヴィルの短篇集。収録作は、「ジェイクをさがして」「基礎」「ボールルーム」*1「ロンドンにおける”ある出来事”の報告」「使い魔」「ある医学百科事典の一項目」「細部に宿るもの」「仲介者」「もうひとつの空」「飢餓の終わり」「あの季節がやってきた」「ジャック」「鏡」「前線へ向かう道」*2です。
 巻末の訳者あとがきによれば、ミエヴィルはクトゥルフ神話で知られるH・P・ラヴクラフトにかなり傾倒しているらしく、そうした傾向は本書収録の作品からも如実に感じられます。特に「細部に宿るもの」などはかなりクトゥルフ色が強い作品です*3。その他にも、人間そのものではなく世界の不安定さ・恐ろしさを描いた作品がたくさんあります。とはいっても、コズミック・ホラーというような大仰なものではなくて、街や家といったもっと身近な場所・空間にこだわっています。それだけに、物語から離れた瞬間にふと思い出してしまうような奇妙な感覚が読後感としてたなびきます。「ジェイクをさがして」と「ロンドンに〜」などは街が主人公ともいえますし、「鏡」においても街はとても重要です。
 虚実を混濁させる怪談にも相通じる手法も採用されています。「基礎」では実際の事件である兵士生き埋め事件が物語の”基礎”となっていますし、「ロンドンに〜」ではチャイナ・ミエヴィルという作者と同名の人物が語り手をつとめています。また、「もうひとつの空」ではクトゥルフ神話作品でおなじみの手記の形式が採られています。他人のことを話していたはずが、いつの間にか自分の身にそれがふりかかってくるかのような因果応報めいた恐怖に襲われる作品が多いです。「使い魔」や「もうひとつの空」、「鏡」などは特にそうした特色があります。そうかと思えば、「仲介者」のように因果の流れから取り残されたかのごとき作品がぽつんと置かれています。
 幻想的な作品が多いのかといえばそんなこともなくて、「あの季節がやってきた」や「前線へ向かう道」などは皮肉とブラックユーモアの利いた社会風刺作品です。誤解を恐れずにいえば、本書は総じて地に足のついたクトゥルフ神話風作品集といってよいと思います。
 収録作中で好きな作品を3つ挙げるとすれば、表題作「ジェイクをさがして」と、方向音痴の方なら共感度も高めと思われる「ロンドンにおける”ある出来事”の報告」と、それからやはり2003年ローカス賞ノヴェラ部門受賞作「鏡」ということになるでしょうか。「基礎」や「あの季節がやってきた」も捨て難いです。SFとしてはあまり推せないかもしれませんが、訳者あとがきによるところの、ミエヴィルがかつて提唱したニュー・ウィアードの本質は、読者の心を乱し、不安にさせることにあるという説(本書p493)というような怪奇小説の趣きの強い短篇集として非常に高品質な一冊だといえます。オススメです。

*1:エマ・バーチャム、マックス・シェイファーとの共作。

*2:画:ライアム・シャープ。漫画です。

*3:訳者あとがきによれば、本作は「ティンダロスの猟犬」の本歌取りとのことです。