『ディミター』(ウィリアム・ピーター・ブラッティ/創元推理文庫)

 1973年。宗教弾圧と鎖国政策下の無神国家アルバニアで、正体不明の男〈虜囚〉が拘束される。いかなる拷問を受けても自分が何者かを明かそうとしないこの男は、多くの謎を残したまま官憲を出し抜いて姿を消す。翌年。ところ変わって聖地エルサレムの医師メイヨーと警官メラルの周辺で、不審な事件や〈奇跡〉が続けて起きる。事件の背後にちらつく伝説的スパイ”ディミター”の存在は、やがて〈虜囚〉とのつながりを見せ始め……といったお話です。
 本書が発表されたのは2010年ですが、巻末の解説によれば、本書を書き始めたのは映画『エクソシスト』の撮影中とのことです。それから本書が完成するまでに約30年がかかったということになりますが、着想自体が『エクソシスト』と時期的にリンクしたものだというのは個人的にとても納得がいきます。というのも、本書は『エクソシスト』と表裏一体の作品だといえるからです。
(ネタバレ伏字)エクソシスト』で描かれているのはタイトルどおり悪魔祓いの物語であり、それはつまり悪魔憑きの物語であるといえます。対して『ディミター』は、いうなれば神憑きの物語であるからです。2000年以降のいいわゆる”テロとの戦い”を踏まえると、”神祓い”の困難さと、それを行おうとする側の悪魔性というものが自ずと見えてきます。それこそが、30数年という時を経て作者に本作を完成させ得たものではないかと思います。(ココまで)
 本書にしても『エクソシスト』にしても、宗教的神秘を物語に落とし込んだ作品だといえます。結果として、『エクソシスト』はホラー色が強めの作品となったのに対し、本書『ディミター』はミステリ色が強めの作品となっています。「第一部 アルバニア 一九七三年」にて語られる〈虜囚〉とは何者なのか? 「第二部 エルサレム 1974年」にてさらに浮かび上がってくる存在・伝説的スパイ”ディミター”とは何者なのか? そして、彼がエルサレムにいるとすれば、その目的はいったい何なのか? そして「第三部 最終報告 一九七四年六月七日」にて明らかになる〈虜囚〉と”ディミター”の関係と驚愕の真相は、ミステリとしての体裁を保ちつつも、それにとどまらない形容しがたい余韻を残します。宗教的国家的スケールで語られる謎と神秘の物語は、それでいて人間の魂を疎かにすることはありません。救いや解決といったものはないかもしれません。それでも、希望は確かにあります。オススメです。
【関連】
http://www.webmysteries.jp/translated/natsuki1211.html
『エクソシスト』(ウィリアム・ピーター・ブラッティ/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館