『地球保護区』(小林めぐみ/ハヤカワ文庫)

地球保護区 (ハヤカワ文庫JA)

地球保護区 (ハヤカワ文庫JA)

 今、地球系人の入植した惑星で、ここまで生命豊かな森が存在する星があるだろうか。その苦労を考えたら、皆が地球に戻りたいと願うのは当然ではないか。そして、再び地球は人間に食い尽くされるのだ。
 そうさせない為に地球保護委員会は存在する。地球系人をこれ以上地球に回帰させないために。
(本書p38より)

 本書は『回帰祭』の姉妹篇に当たりますが、本書単体でも、あるいは本書から読んでもまったく問題ありませんのでご安心を。
 人類による環境汚染によって一度は滅亡した地球。異星人によって提供されたテクノロジーによって人類は地球から脱出して銀河に散らばり、幾多の犠牲者を出しながらも新天地に根付いていった。それから400年。地球系人は地球保護委員会を設立して地球環境の保護を図っていたが、その一方で、一部の地球系人が自浄化してきた地球に勝手に戻り生活を始めた。彼らは新地球人と呼ばれ保護委員会と対立していた。そんな地球に環境調査のために降り立つことになった”賢女”コーリンと、別名を受けて彼女に同行することになった青年シウ。しかし、その調査船は地球に着陸する前に撃墜されて……といったお話です。
 先に、地球が滅亡した、と書きましたが、「滅亡」とは果たしてどういう意味なのか。環境保護とはどういうことなのか。のっけからいろいろと考えさせられますが、その辺りをいちいち説明することなく登場人物たちの歩む姿によって描き出そうというのが本書の意図するところなのでしょう。
 自然保護・環境保護といった事柄を原理原則的に考えるのであれば、そもそも人類の都合で地球以外の惑星のテラフォーミングすら本来は否定されるべきなのかもしれません。にもかかわらず、それらは当然のものとして推進される一方で、地球については何とか人類による汚染が進む前の姿に戻したいというのは、結局は人類目線のエゴでしかないのでしょう。しかしそれもまた人類の”業”なのだと思います。地球保護というのは、つまりは人類の衣食住の根幹に関わる問題で、つまりは人類自身が自らのライフスタイルをどのようなものにしていくかという問題なわけです。
 主人公であるシウは天才科学者の遺伝子にあえて手を加えた「落ちこぼれ」のクローンとして生み出されましたが、そんな彼の境遇はクローン技術の倫理面を問うという意味では一切機能していません。実験体として人工培養された環境で育てられた人格。「天才の落ちこぼれ」という微妙な自我。そんな彼が始めて目にする地球と新地求人に対して抱く印象は読者に極めて近い立ち位置であって、主人公としての役割を十分に果たしてくれています。
 そんな彼とは対象的に地球で生まれ育った少女ニナ。2人の出会いはボーイ・ミーツ・ガールでありガール・ミーツ・ボーイでもあります。外面は”賢女”ですが実はいじわるばあさんなコーリンは実にいい性格してますし、その他の人物たちもそれぞれの主義主張を持ちながらもときに思わぬ一面を見せたりします。
 地球上の物語だけではなく、新地球人と対立する地球保護委員会の完全派と対立派との関係や現実への対処といった政治レベルでの人々の活躍も描かれています。いわゆる”セカイ系”とは一線を画す構成になっているわけですが、個人レベルの問題に無理やり落とし込むのではなく、あくまでも人類全体の問題として把握しなければならないという問題意識があればこそでしょう。そんな個人と集団の関係がさらりと描かれているのも好印象です。
 2人の男女の出会いと成長と、地球保護というSF的テーマとが衒いなく描かれた逸品としてオススメです。
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