『回帰祭』(小林めぐみ/ハヤカワ文庫)

回帰祭 (ハヤカワ文庫JA)

回帰祭 (ハヤカワ文庫JA)

 環境汚染が進んだ地球からの避難船ダナルーが惑星に不時着してから300年。この星では男女の割合が9:1という歪んだ比率で誕生し、それに見合ったモラル、恋愛観、家族観といったものが形成されていった。希少価値のある女子が男子を指名してのカップリングが行なわれ、選ばれなかった男子は全員復興した地球へと回帰する。それがこの惑星のサイクル。そんな星で2人の男子と1人の女子と、そして1匹の喋るウナギ(?)は出会うことになる。……というようなお話です。
 未来を舞台にしたコロニー系のSFではありますが、本書の骨子にあるのはウナギです。ウナギSFです。なぜにウナギなのか。ウナギを食べて思いついたのか。それともウナギの生態に魅せられたのか。魚にも蛇にも見えるヌメヌメした不思議な存在感に惹き付けられたのか。作者の頭の中は分かりませんが(笑)、つまりはウナギSFなのです。タイトルの回帰祭にしても、一義的には地球の外に避難した人類が再び地球へ帰還するという意味ではありますが、そのアイデアにしても回遊というウナギの生活形態が基になっています。他にもウナギ的なアイデアが盛りだくさんです(笑)。
 私たちが普段食べているウナギのほとんどが養殖のものです。ウナギの生活形態はまだ謎の部分が多いにもかかわらず養殖ができてしまうのは不思議ではありますが、そうした不思議すらも人類社会と結び付けることでひとつの物語になってしまうのがSFの面白いところです。
 養殖よりも天然ウナギの方が美味しくて、だから天然ものは必然的に高価になります。養殖よりも天然の方がいいと思う心情は食べる側としては一般的なものでしょうし、仮に食べられる側に感情移入したとしても、それが本来あるべき姿だと思われます。作られた環境ではなくあるがままの自然な環境の中で自分の意志で生きていく。そんな自由意志の信仰にも通じるものがあるでしょう。しかしながら、実際には私たちの行動は環境に左右されてる面があまりにも多すぎて、そうした中にあって、果たして自由意志などというものは存在するのか? という疑問は、おそらくは持たない方が精神衛生上健康でいられるとは思いますが、でもこのウナギSFはそれを厳しく問いかけます。自分の頭で考えろと。
 人が生まれるときには既に社会という枠組みは出来上がっています。それは、現在時における運命共同体にして、未来へのビジョンを示すシステムをも標榜しています。その反面、先人による環境の整備が未来を担う子供たちにとって”養殖”の側面を持っていることも否めません。自分たちが生まれた養殖の環境を憎みつつも、しかしながら、まったくの自然状態では人は生きていけません。そこに少年少女の思春期における自意識の問題が絡むとき、物語はSFとしても青春小説としても深みを増すことになります。
 少女による”指名”というシステムは、そのアンチテーゼとして恋愛上の自由意志というものをも浮き彫りにします。恋愛もまた自由意志が尊いものとされがちですが、実際には環境やタイミングがかなり重要です。繊細にして微妙ながらもときに身も蓋もない関係が絶妙の距離感で描かれているのがとても印象に残ります。3人の間で交わされる会話は、本音と建前と探り合いがあって、そこに楽しさとかもどかしさとか恥ずかしさとか怒りとかの感情が込められています*1。そんな3人の三角関係を描いた恋愛小説としてもオススメで、とにもかくにも多くの方に読んで欲しい一冊です。
【関連】『地球保護区』(小林めぐみ/ハヤカワ文庫) - 三軒茶屋 別館

*1:本書は499頁と一見すると厚めではありますが、こうした会話が中心なので割とさくさく読めてしまいます。なので、厚さに構えないでください(笑)。