秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」(その5:時空を超える恋人たち)

物語工学論

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…あれー?4日間ってそんなに早かったっけなぁ…
というわけで連休ボケが抜けないまま本日の講義に入りますー。

というわけで前回までのあらすじはこちら。
秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」 - 三軒茶屋 別館
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秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」(その4:武装戦闘美女) - 三軒茶屋 別館


物語の構造を7つのキャラクター類型で「工学的に」分類する「物語工学論」ですが、今回講義します「時空を超える恋人たち」は著者・新城カズマも述べているように、「すべての物語の祖」となっているキャラクタ類型です。
例えるならミームミトコンドリア・イブ。すべての物語は「時空を超える恋人たち」に通じる、です。長いですかそうですか。
この「時空を超える恋人たち」には、二つの要素が含まれています。「恋人」「時空を超える」、です。

「恋人」=欠けたもの同士の関係

まず「恋人」ですが、これは「欠けたもの同士」を表します。
「相補的関係」と呼ばれるようにAとBがひとつになることで「1」になる。A+B=1、そして某漫画の言葉を借りますと、一は全、全は一と言うとおり、ひとつになることで「完全」になる。そんな存在同士のことを「恋人」と表しています。
「恋」は「乞い」、「愛」は「合い」と言い換えられるように、字義通りの「恋人」などはまさにその「欠けたもの同士」ですし、「友人」などかけがえのないパートナーもまた「欠けたものを埋める」同士だといえます。
また、広義的に解釈しますと、「謎(の解決)」を求める「探偵」や「目的(甲子園優勝など)」を求める主人公など、「欠けているものを埋める」行為を行う登場人物とその対象は「恋人(=合わさることで一となる)」と言えるでしょう。
すなわち、「恋人」とは「足すと一(=全)になる欠けたもの同士」と言い表すことができます。「恋人が一つになったとき」、すなわち欠けたものが埋まったときにその物語は終息します。
「恋人もの」という題材はこれまた古今東西さまざまな物語で取り上げられておりますし、「長調」に対する「短調」のごとく、王道を踏まえた変奏もこれまた多く見られます。
例えば悲恋による「一つにならない」結末を持つ物語。
オペラなどはこういった物語が多々見受けられますね。「アイーダ」「椿姫」「リゴレット」「カルメン」「サロメ」etc、etc…。「セカチュウ」なんかもこの系譜ですね。
「一つにならない」終わりにより、受け手は心に「欠け」が生じ、それが感動(特に涙)の原動力となります。欠けたものを埋める、あるいは埋まらないことで心に動きを与える。「恋人」というキャラクタ類型はまさに、「すべての物語の祖」なのかもしれません。
「欠けたものを埋める」という手法を効果的に使っている作品を2つほど例に挙げてみましょう。
乙木一史氏のblogで、少年漫画の主人公は「白と黒のツーマンセル」という表現をされていました。

次世代の少年向けコンテンツの主人公(もうジャンプとかでは一般化してるけど)
●主人公は「白」と「黒」の少年が二人。主人公はそれぞれ先天的な天才で、深刻なトラウマを抱えているが、その主体を二つに分割し、ストーリーをツーマンセルで引っ張ることにより、90年代以降の「引き籠もり」傾向を回避しようとする。
●「白」は「黒」より未熟で弱いがポリティカルコレクトネス的に正しく少年モノの王道を進む。「黒」は「白」より強いが、殺人・変態・サイコ衝動を含む自身の汚れを知るがゆえに「白」にコンプレックスを抱き、「白」を助けたいと思っている。
●「白」は童貞。まだ決まったパートナーが存在しないか、あるいはストーリー初期から存在。しかし「黒」は基本的に童貞ではなく女性にモテモテでハーレム状態だが、満たされない。
●ヤリチン不良キャラが、主人公の一方「黒」として登場。白黒の弁証法的な合一を目指すのが、ストーリーの主目的の一つでもある。
●父・師匠的な存在との、伝承・技の継承は「白」に対してなされる。「黒」は、自身が継承者でないことを知っているが、伝承・継承の中に置いて果たされるべき役割を無意識に知っている。

2006-04-12
「主人公」という「キャラクタ」そのものも「ポジ」と「ネガ」という「欠けたもの同士」にする。『バクマン。』なんかはまさにそのパターンですね。

実際、サイコーとシュージが「ネーム」と「作画」という分担作業を行うのもそれぞれの長所を活かし、「二人で一つ」となるためでした。

『バクマン。』が描く現代の「天才」 『バクマン。』3巻書評 - 三軒茶屋 別館
「二人で一人」の主人公が、「目的」という「欠けたもの」を訴求する。いわば、A+B=1の式に、C+D=Aという式を代入しているのだと言えます。これは、例えばスポーツ漫画での「チームメイト集め」なども同様の手法であり、欠けているメンバーを集め「チーム」という「一」にし、さらに「優勝」という「目的」を目指すという方程式になっています。
もう一作例を挙げますと、小説ですが米澤穂信春期限定いちごタルト事件』にはじまる<小市民>シリーズは、「探偵」と「犯人」など、「相補的」あるいは「相互的」な関係、この講義で示す「恋人」という関係を巧みに描いた傑作だといえます。
『春期限定いちごタルト事件』(米澤穂信/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館
『夏期限定トロピカルパフェ事件』(米澤穂信/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館
『秋期限定栗きんとん事件』(米澤穂信/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館
「恋人」という欠けたもの同士がお互いを埋めるために「行動する」行為、それがすなわち、そのまま「物語」として機能していると言えるでしょう。

「時空を超える」=困難を克服する

しかしながら、何のイベントもなく恋人同士が結ばれるのであればまさに「お話にならない」状態です。物語が物語であるには、ここに「困難」という障壁が存在します。
ロミオとジュリエットでは両家の確執が、エマでは身分が、甲子園を目指す達也たちにはグラサンの監督が…などなど、「欠けたものを埋める」ための障壁となっているのが「困難」であり、そのなかでも最上級に克服が困難な障壁を「時空を超える」と銘うっているのです。
実際、「困難の克服」については、これもまたあらゆる物語で含まれている要素です。

 グリム童話が「魔法昔話」だと分類されるのは前述した通りであるが、ロシアのウラジミール・プロップは昔話の構造を分析し、次のような結論を得た。
 1.昔話の恒常的な普遍の要素は、登場人物の機能である。その機能を誰がどういう方法で行なうかということは問題ではない。機能が昔話の本質的な構成要素である。
 2.機能の数は、魔法昔話では限られている。
 3.機能の順序は、常に同一である。
 4.あらゆる魔法昔話は、その構造から言うとたった一つのタイプをなしている。
 そしてその最終的な結論として、「あらゆる魔法昔話は『竜退治』の変形である」と考えるに至ったのである。ここで言う「竜」とは「困難」を具現化したものである。つまり、「竜退治」とはイコール、「困難の打破」だと言えるグリム童話において、多くの話において主人公たちがあらゆる困難を超えて幸せになっており、グリム童話のの中の魔法昔話のテーマの一つに「竜退治」、つまり「困難の打破」という要素があることは否定できないであろう。

『聊斎志異』における変身譚についての考察
時空を超える恋人たちでは困難を「竜」と称していますが、『物語工学論』では「時空を超える」と表しています。
障壁は高ければ高いほど超えたときに読者に与えるカタルシスが大きくなります。まさに「水車の原理」。しかし当然ながら「読者が納得できる超え方」を行わなければなりません。
AとBとの間に立ちはだかる障壁。これもまた古今東西使われ続けているフォーマットではありますが、その匙加減が作者の腕が問われる箇所でもあります。
変奏的な例で言いますと、「恋人たちが一つになった」あとに起こる困難を面白おかしく描いているのがとよ田みのるラブロマ』です。

とある高校の1年生・根岸由美子は見ず知らずの同級生・星野一から突然告白される。最初は拒絶していた由美子だったが、一の積極的なアタックの前についに陥落。こうして、友達を巻き込みながら2人の不器用な純愛が始まった。2年生になってクラスも同じになり、進路に揺れつつ仲を進展させながらの、3年生までの物語が描かれた。
wikipediaより)

この物語は「一つになった恋人たちが困難を乗り越える」のではなく、「恋人同士になったのはいいけれど…」という、A+B=1ではなく、実は0.9や1.1だったというお話で、「1にすること」そのものを「困難」として二人が克服していくところに面白さがあります。AとBを「+」するための「困難(=障壁)」に対し、「A+B」を「1」にするための「困難(=障壁)」もまた、物語が物語となるための要素だといえましょう。



前述したとおり、「時空を超える恋人たち」とは「他の6つの類型」の基本となる分類だといえます。「欠けているもの同士」が「欠けているものを埋め合わせる」こと、また、その行為に立ちはだかる「困難(=障壁)」。「恋人」に何を配置するか、また「困難」に何を据えるかによって物語のバリエーションは無限に広がりますが、大元のフォーマットは同一である以上、いかに受け手の心に響く「物語」を紡ぐかという創り手の「技量」が問われる「キャラクタ」。それが「時空を超える恋人たち」なのだと言えるかと思います。

というわけで今回の講義はここまでです。
次回テキストは以下3点です。
補講を除いて講義はあと2回。次回もしっかり予習してきてくださいね。ではまた。
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