秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」(その6:あぶない賢者)

物語工学論

物語工学論

一週間ぶりのご無沙汰です。
間隔があきましたが、みなさん予習復習してきましたでしょうかー?
さてさてこの講義も補講を除いてあと2回。今回、次回の2回はまたセットものですのでしっかり聴いてくださいね。
これまでの講義は以下をご覧下さい。
秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」 - 三軒茶屋 別館
秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」(その0:概論) - 三軒茶屋 別館
秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」(その1:さまよえる跛行者) - 三軒茶屋 別館
秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」(その2:塔の中の姫君) - 三軒茶屋 別館
秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」(その3:二つの顔をもつ男) - 三軒茶屋 別館
秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」(その4:武装戦闘美女) - 三軒茶屋 別館
秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」(その5:時空を超える恋人たち) - 三軒茶屋 別館
物語の構造を7つのキャラクター類型で「工学的に」分類する「物語工学論」ですが、対照的なAとBという概念があったとき、「あるときはA、あるときはB」と振り子のように左右に振れるのが「二つの顔をもつ男」、AとBを内包し同時に存在させるのが「武装戦闘美女」であるならば、AまたはBに「振り切れて」しまうのが、今回取り上げる「あぶない賢者」だといえます。
この「あぶない賢者」というキャラ類型ですが、「賢者」と呼ばれるように「知識」を優先させるあまりに倫理を飛び越えてしまう知識人たちのパターンが非常に多く、古くは悪魔に魂を売ったファウスト博士や死体を蘇らせたフランケンシュタイン博士など、さらに遡ると好奇心に負け「箱」を開いてしまうパンドラ嬢の物語などが存在します。
振り切る対象も、「魔法」といった「知識」から、「技術」「科学」という「知識」に次第にシフトしており、時代を反映している箇所と言えるでしょう。

「あぶない賢者」の主人公その1:咎人たち

対照的なAとBの振り子の狭間で、片方に振り切れてしまう「あぶない賢者」。
主人公が「あぶない賢者」という例としては、荒川弘鋼の錬金術師』が挙げられます。

幼き日に最愛の母親、トリシャ・エルリックを亡くした兄・エドワードと弟・アルフォンスのエルリック兄弟は、母親を生き返らせようと、錬金術における最大の禁忌、人体錬成を行う。しかし錬成は失敗し、エドワードは左脚を、アルフォンスは自らの身体全てを失ってしまう。エドワードは自身の右腕を代価として、アルフォンスの魂を鎧に定着させることに辛うじて成功したが、自分達の愚かさに気づく。その後エドワードは自ら失った右腕と左脚に機械鎧オートメイル)を装着し、一時的に手足を取り戻す。
12歳となったエドワードは、国家錬金術師となり二つ名「鋼」を授けられ、アルフォンスと共に元の体に戻る為、絶大な力を持つ賢者の石を探す旅に出る。しかし、旅先には数々の試練がエルリック兄弟を待っていた。人造人間(ホムンクルス)や「傷の男(スカー)」など、多くの強敵が現れる中、兄弟は絆を深めながら元の体に戻る方法を探す。
wikipediaより

主人公であるエルリック兄弟が「倫理」という極に背を向け、「技術」すなわち人体練成という「禁忌」を犯し「体を持っていかれる」咎を背負う場面は、原作屈指の名シーンです。
*1
鋼の錬金術師』はエルリック兄弟をはじめ、さまざまな「あぶない賢者」である(あるいはあった)咎人たちの物語であるとも言えるでしょう。

「あぶない賢者」主人公その2:正義の犯罪者

主人公が「あぶない賢者」というもう1例は、大場つぐみ小畑健DEATH NOTE』です。
犯罪者が存在しない新世界を創造するために「名前を書くとその人物を殺害することができる」デスノートを使う主人公・夜神月
彼もまた、理想のために極を振り切ってしまう「あぶない賢者」です。
原作者・大場つぐみは自身の作風のインタビューで

Q.『バクマン。』の原作を書くうえで心掛けていることは?
A.『DEATH NOTE』の時からですが、「良い・悪い」「正しい・正しくない」に関わらず、極端なものの考え方を入れることです。バクマン。』でいうと、新妻エイジの「嫌いなマンガをひとつ終わらせる権限をください」とか、サイコーと亜豆の恋愛とかです。それを入れることで読者が、「これはないだろう」とか、「自分はありかな」と色々考えてくれると思うんです。
(QuinckJapan2008年12月号P53、大場つぐみインタビュー)

と答えています。実際、殺人鬼である夜神月を追う探偵・Lもまた極を振り切った「あぶない賢者」であると言えますし、彼らの「極の振り切りっぷり」が物語を面白くさせる要素の一つである、という点は誰しもが納得いくところだと思います。

「あぶない賢者」悪役

しかしながら、「あぶない賢者」は主人公よりも「悪役」に配されることのほうが多いかと思います。いわゆる「マッド・サイエンティスト」と呼ばれる、世界征服を狙う悪の博士。これもまた、枚挙に暇がない「物語」だと言えます。
その系譜に位置するのが「極を振り切ってしまった」悪役。
冨樫義博幽遊白書』に登場した戸愚呂弟は、まさに「あぶない賢者」を突き詰めたような見事な悪役でした。
*2
「何かを極めるということは、他の全てを捨てること」と言う戸愚呂弟と、それを否定する主人公・幽助。
二人の「理念」がぶつかり合う最後の攻防もまた、原作屈指の名シーンであると思います。



極を振り切ってしまう「あぶない賢者」というキャラクタ(=物語)は、「禁忌」というキーワードと密接に結びつきます。
ときに主人公に咎を与え、ときに強大な悪役を生み出す「あぶない賢者」とは、言うなれば人間の「業」そのものであり、「弱さ」であります。しかし、だからこそ逆説的に「人間らしい」キャラクタとなり、悲しくも素晴らしい「物語」が生まれるのだと思います。

というわけで今回の講義は終了。
次回「造物主を滅ぼす男」がとりあえずの最終回となりますです。
今回の「あぶない賢者」によって「造られた/創られた」キャラクタたち。「造物主」とはなにか、どのように「滅ぼす」のか。
あと1回、テキストを予習し楽しみに待っていただければと思います。
ではまた。
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*1:荒川弘鋼の錬金術師』巻6、P91

*2:冨樫義博幽遊白書』巻12、P173