秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」(その3:二つの顔をもつ男)

物語工学論

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はい、じゃあ講義始めますよー。
遅れてきた人は、まずは前回までのあらすじをお読みくださいませ。
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というわけで今回の講義、「よくわかる物語工学論 その3.二つの顔をもつ男」に入ります。…こら、そこ、居眠りするならいびきをかかないで静かに!

物語工学論におけるキャラクター(物語)分類において、もっとも「名は体を現す」タイプが「二つの顔をもつ男」なのかもしれません。
ジキル博士とハイド氏バットマン中村主水変態仮面etc、etc…。
普段はAというキャラクタが、実はBという「二つの顔」を持つという物語の構造です。
この場合、AとBとは対照的であればあるほど「落差」も激しく、いわゆる「水車が回る」状態になります。
例えば「ルール(=法)」と「モラル(=情)」。
法で裁けない悪を裁くバットマン中村主水(必殺仕事人)などが典型的な例です。王道としては、「昼と夜の顔が異なる」というパターンで、日本では『必殺仕事人』に代表される「昼行灯型」(by蓬莱学園)として、『特命係長・只野仁』や『闇狩人』などがその系譜に名を連ねます。井上雄彦の名作短編「BABY FACE」もまたこのタイプですね。また、『浅見光彦シリーズ』や『金田一少年の事件簿』などの探偵物にもこのパターンが多いです。
作者自身が1巻で「現代の必殺シリーズ」と謳っている坂口いく『闇狩人』。
表の顔はぱっとしない、漫画家を目指す普通の高校生(=A)、間武士。裏の顔は被害者や遺族の依頼で法で裁けぬ悪を殺す(=B)秘密の稼業・闇狩人となります。
「Aだったものが実はBだった」という、いわゆる「水戸黄門の印籠」により、読者がカタルシスを味わう場面は多いかと思います。これもまた、AからBへの落差が産む物語の原動力といえます。
この「二つの顔をもつ男」という「あるときはA、あるときはB」というキャラクタは「さまよえる跛行者」と地続きになっています。
とある村にやってきた旅人。普段は虫も殺さぬようなひ弱で優しいキャラだが、村の危機に立ち上がり異能力を使って敵を倒す。しかし正体が分かってしまったがゆえにその村には居られなくなり、また去っていく・・・
ベタといえばベタですし、形式美といえば形式美なこういう物語の構造は、「さまよえる跛行者」と「二つの顔をもつ男」の複合であることがおわかりになると思います。
「二つの顔をもつ男」はまた、名は体を示すとおりAからBに「変身」するという特長を持っています。
マスクをかぶるバットマン、全身タイツのスパイダーマン、マフラーで口元を隠す中村主水、パンツをかぶる変態仮面etc、etc…。二つの「顔」と言うとおり、AとBとでは同一人物ながらもその「姿」を変えることでその二面性を明確にします。そういう意味では、いわゆる「変身物」というジャンルはすべからく「二つの顔をもつ男」のフォーマットを持っているとも言えるでしょう。
先ほどから何度も例に挙げている変態仮面ですが、正式にはあんど慶周究極!!変態仮面』です。

紅優高校拳法部のエース、色丞狂介。殉職した元刑事の父を持ち、正義感溢れるナイスガイの彼には、他人には絶対に言えないある秘密があった。彼は女性のパンティを被る事で、SM嬢の母親から受け継いだ変態の血によって潜在能力が発揮され、超人的パワーを持つ変態仮面へと変身するのだ。さらに思いがけず意中の女生徒・姫野愛子のパンティを入手した事で、更に冴え渡る数々の変態秘技を駆使し、今日も悪人達を懲らしめるのであった。
wikipediaより

「変身」というフォーマットに沿いながらも、「ルール(=法)」と「モラル(=情)」という両極ではなく、変身後の主人公が「変態」という「ルールからもモラルからも外れている」という二重の「外し」が面白さとなっています。
余談となりますが、この「変身物」というジャンルにおいて、アメリカンコミックが「A+X=B」という「かぶりもの」が多いのに対し、特撮やアニメなど、日本では「A→B」という「超人変異もの」が多いというのも、また興味深いところです。
また、「二つの顔をもつ男」の特徴としては、二つの顔を「別々に持っている」ことが挙げられます。AとBはコインの裏表の存在であり、二つを同時に存在させることは(基本的には)困難です。
この二面性についての苦悩が物語のひとつの原動力となっていることは事実であり、それに付随して「Bだったことを知られてしまった」とか「Bを好きになってしまうヒロイン」などのエピソードがそれこそ「自動的に」発生します。
「AとBの狭間で苦悩するキャラクタ」という意味では、最近の作品として若杉公徳デトロイト・メタル・シティ』がこの「苦悩」を巧くコメディとして昇華しています。ポップミュージックを愛する気弱な主人公・根岸がデスメタルのカリスマ・クラウザー様として大ブレイクしてしまうギャップが見事にはまり、アニメ化、実写映画化と漫画そのものも「ブレイク」しました。
作者が気をつけたのは、「Aになっている間はBではない」といういわゆる「二重人格」的なキャラではなく、「AでありながらBの心を持っていることから起こるギャップ」を描く、ということでした。

根岸は二重人格ではなく、感情の延長線上にふたつの人格があるように気をつけています。
(『創』5月号所収「まさかの実写化『デトロイト・メタル・シティ』」p58より)

『DMC』に見るツンデレと二重人格の違い - 三軒茶屋 別館
実際、クラウザー様になっている間に根岸のキャラで脳内ツッコミが入り、それがまたギャップを生み出し面白さを増幅させています。
これは表現を変えると、「ツンデレ」属性のキャラクタが、「ツン」の態度をとった後に「なんであんなこと言っちゃったんだろ」と「デレ」の立場から自己嫌悪する状況に非常に酷似しています。ツンデレ好きの方々にはこの「自己嫌悪」萌えな人も多々いると思われますが、これもまた、「二つの顔がもつ男」が生み出す特産物といえるでしょう。



「二つの顔をもつ男」というキャラクター(=物語構造)は、AとBとの落差が物語の原動力を生み出します。
そのギャップに付随して産まれる副産物により、「エピソード(=小さな物語)」を紡ぎやすいキャラクターだと言えます。
キャラクターが持つ「二面性」、AとBとのギャップが大きければ大きいほど物語の力量(熱量)が大きくなりますが、あまりに大きすぎると物語が「崩壊」します。
AとBに何を据えるか、その乖離度(ギャップ)はどれぐらいか。
シンプルであるがゆえにその匙加減に作者の技量が問われるキャラクター、それが「二つの顔をもつ男」なのかもしれません。

というわけで今回の講義はここまで。
次回は連休をはさみますので、この機に原テキストの復習はもちろん、言及しているサブテキストも読んでおいてくださいね。
次回講義「その4.武装戦闘美女」でとりあげるテキストは以下の3点。ではまた連休最終日に。
最終兵器彼女 (1) (ビッグコミックス)

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「美少女」の現代史 (講談社現代新書)

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