新城カズマ『物語工学論』角川学芸出版

物語工学論

物語工学論

すなわち、物語(ストーリー)とはキャラクターである……少なくとも、キャラクターという観点から物語の構造と本質をよりよく見通し、その作成に役立てることは十分に可能である……と。(P6)

新城カズマ『物語工学論』読了しました。
本書は「入門篇 キャラクターをつくる」として、古今東西の物語、特に20世紀のエンタテイメント作品を「7つのキャラクター」に分類し、物語作成の構造を説明するというこれまでありそうでなかった学術書*1です。
著者である新城カズマは『蓬莱学園の初恋!』(新城十馬名義)や『サマー/タイム/トラベラー』、『ライトノベル「超」入門』など、ライトノベルやSF小説など多々著している小説家であり、フジモリも昔からファンの作家なのですが、今作は「物語」を分類し、「物語」を「作成する」手助けをしようというコンセプトで書かれています。
それはすなわち優れた「物語分析論」であり、あらゆる物語をこの手法で分類したくなるほどよくできていると思います。
過去の文学や登場人物像などを現代の言葉で「再定義」することで新たな視点を生み出すという手法は実際の学術でもなされていますし、エンタテイメントとして昇華した読み物としては本田透『世界の電波男』などが記憶に新しいところ。
本田透『世界の電波男』三才ブックス - 三軒茶屋 別館
『世界の電波男』では、物語を「願望充足の妄想」と断言し、作者や主人公たちを「喪男(=モテない男)」の行動原理から読み解き、ファウストを「喪男の救いの遍歴」だとかドストエフスキーを「喪男が三次元で人間女に萌えて救われる」だとか、ある意味こじつけにも近い「芸風」が面白い読み物に化けています。
一方の本書である『物語工学論』は主に近代のエンタテイメント作品を中心にキャラクタ造形とその行動原理を7つに分類しています。
曰く、
1.さまよえる跛行
2.塔の中の姫君
3.二つの顔をもつ男
4.武装戦闘少女
5.時空を超える恋人たち
6.あぶない賢者
7.造物主を亡ぼす男

となっております。
それぞれについての説明などはのちほど別記事を設けますが、言われてみればなるほど、と思う内容であり、それぞれ詳細に分類項目を記し、さながらTRPGのランダムシナリオ作成チャートのような気分も味わいましたが(笑)、「物語を書くため工学論」がすなわち、「物語を分析するための手法」として機能しており、非常に参考になった一冊でした。
巻末には『フルメタル・パニック!』(富士見書房)作者の賀東招二との対談もあり、会話の中で『蓬莱学園』の話が自然にでてきたのが非常にうれしかったです。*2
学術的な本をイメージしてか文体はお堅いですが、ときおりコメントで挟まれるウィットに富んだ文章や、

それにしても、東アジア圏で女装少年を愛でる文化を今も確固として保持しているのが日本とタイ王国、すなわち近代西洋列強の植民地化攻勢に抗して独立と王朝システムを保ち続けた国家であるというのは、なんとも奇妙な符号と言えます。(P71)

物語に関しての考え方などが、新城カズマの小説から感じられる雰囲気と同じでとても楽しめて読めました。
フジモリが「へー」と思わず頷いてしまったのは賀東招二との対談での以下の話。

そのオリジナル信仰って……まさに信仰だとおもうんだけど……それが極まったなぁと思うのは、例の『不思議な名前』を子供につけたがる最近の親御さんたちで、このごろ気づいたんだけど、あれって自分の子供に無料で個性(オリジナリティ)を与えられるんだよね。
(中略)
本当の個性じゃなくて、”エア”個性。個性があるかのように見せることができる技法。そうすると、すごい名前をつけただけで、その子の教育に20年かけなくても『特別な子供』が作れちゃうわけですよ。(P158)

「卵が先か鶏が先か」という言葉もありますが、個性と名前、そして「物語」の相関関係について的を射た台詞だと思います。
「物語」についてなにかしらの考えを持っている方には必読ともいえる一冊だと思いますし、読了後に内容について語りたくなる一冊とも言えるでしょう。
学術書」という性質上あまねく方々にオススメするのは気が引けますが、当記事を読んで興味を持たれた方は読んで損はないかな、と(勝手に)思っています。
【ご参考】秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」 - 三軒茶屋 別館

*1:著者が言うには「実用書」とのことです。

*2:作者のブログ「散歩男爵」では収録し切れなかった対談が掲載されています。こちらも必見。http://d.hatena.ne.jp/sinjowkazma/20090905/1252143285