秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」(その2:塔の中の姫君)

物語工学論

物語工学論

お久しぶりです。前回から5日ぶりの講義になります。
毎度毎度ですが、今回からこの講義を聴かれる方は、これまでの講義をご覧下さるとよりいっそう理解が深まると思いますのでどうぞ。
秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」 - 三軒茶屋 別館
秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」(その0:概論) - 三軒茶屋 別館
秋期集中講義 よくわかる「物語工学論」(その1:さまよえる跛行者) - 三軒茶屋 別館
というわけで講義始めます。

はい、では講義始めますよー。今回の出席カードはどどめ色ですよー。
さてさて、「物語工学論」では「キャラクタ」という観点から「物語」を分類するため、7つの類型に区分しました。
1.さまよえる跛行
2.塔の中の姫君
3.二つの顔をもつ男
4.武装戦闘美女
5.時空を超える恋人たち
6.あぶない賢者
7.造物主を滅ぼす男

はい、ここテストに出ますよー。
前回の講義では「1.さまよえる跛行者」について説明をしましたが、今日の講義では「さまよえる跛行者」と対称的な関係にある「塔の中の姫君」について説明をします。

「さまよえる跛行者」が「異端」によって「彷徨」を行う物語であるとするならば、「塔の中の姫君」は「困難」によって「閉じ込められている」あるいは「囚われている」キャラクター(物語)を表します。
まさしく「塔」に囚われているラプンツェルしかり、かの有名な「ルパン三世 カリオストロの城」のクラリスしかり。古くは天岩戸であったりアンドロメダ王女であったり、この物語もまた、枚挙に暇がありません。
「塔」とはすなわち、「困難」の象徴です。物理的な「困難」もありますし、心理的な「困難」もあります。
「身分」という「塔」に囚われた姫君としては、森薫『エマ』をイメージしていただければわかりやすいかと思います。
「塔の中の姫君」という物語は、構造としては「さまよえる跛行者」よりも物語の「収束(=終息)」ははっきりしており、姫君が「塔から救い出されれば」物語は終了します。
それはまた、「わかりやすく」なおかつ「泣ける」物語にしやすい、という長所を持っています。困難を乗り越え姫を救い出す。これは、著者新城カズマ言うところの「水車の原理」です。

僕が表現するところの、『水車は回ってないといかん』になるところかな。キャラに付随するAとBの二つの要素に何らかの落差がないと、面白味の水車が回らない。(p149)

落差によって「物語」を動かす推進力となる。
同じようなことはこのお方も言っていまして、
*1

世界中の子供たちに愛と勇気をね!
与えてあげる前提で、−−−まず怖がらせるだけ怖がらせてあげちゃうよ−ん!一生残る恐怖と衝撃で、一生残る愛と勇気をね!

困難が高ければ高いほど、救い出されたときのカタルシスは大きくなる、というわけです。
「塔の中の姫君」とは主に囚われている「ヒロイン」をイメージされる方も多いかもしれませんが、それは「助ける側」から見た場合であり、「助けられる側」を主人公に据えている物語も多々あると思います。
「白馬の王子様」が主人公なのか、「白馬の王子様」を待つ少女が主人公なのか。
著者新城カズマが言うように、「さまよえる跛行者」をポジとするなら「塔の中の姫君」はネガ。「塔の中の姫君」を救出する「さまよえる跛行者」という複合形態もまた古今東西の物語の中で多々見受けられます。
先ほど例に挙げた「ルパン三世 カリオストロの城」はまさに「さまよえる跛行者」と「塔の中の姫君」の組み合わせ。著者新城カズマもこの作品を例に取り語っていますが、姫君は塔から開放され、跛行者は去っていく。まさに、モッツァレラチーズとトマトのような相性の良さといえるでしょう。
この延長線上(あるいは同一線上)にあるのが、主人公(あるいはヒロイン)が精神的な、あるいは境遇的な「塔」に囚われているという物語です。
例えば、『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジもまた、「塔」に囚われていると言えます。
*2
彼は他人とのコミュニケーションを怖がっています。その「心の壁」がすなわち「塔」であり、彼の「救済」が物語の一つの原動力となっています。
TV版では自己啓発セミナーで救われ、映画版では「一体化するのではなく、傷ついても、他人を他人として意識すること」を選ぶことで救済(?)されます。そして「急」ではどのように塔から解放されるのか、あるいは塔なんてもともとないのか、これもまた楽しみな観方かもしれません。
もう一例挙げるとすれば、羽海野チカ3月のライオン』。これもまた、主人公桐山を「塔」が幾重にも囲っています。

一方、『3月のライオン』は「将棋」という「強制的に他人と接する」ジャンルです。他者とのコミュニケーションを厭う主人公。しかしながら、2巻で描いたように盤を介して他人の人生に影響を与え、ときには「死刑の執行」を行なうという「将棋」という世界に身を置く矛盾。他人との接触を避け将棋の世界に逃げ込み、それでも「その中の世界」でも入り込むことができない主人公を丹念に描くことで、彼の孤独を読者は最大限に味わい、そして桐山零の孤独が癒されたとき、読者も同時に大きなカタルシスを受けるのだと思います。

『3月のライオン』が描く3つの孤独 - 三軒茶屋 別館
彼を「塔」から救い出すのは誰(あるいは何)か。そういった視点で物語を愛でるという考え方もまた「物語の楽しみ方」だと思います。



「塔の中の姫君」は、「塔」という「困難」により囚われているキャラクター(物語)であり、「さまよえる跛行者」と対称的な存在でありながら、非常に親和性が高い物語の構造を持っています。
物理的な「塔」のみならず、身分という「塔」、あるいは精神的な「塔」を作る姫君というように、「塔」もまた時代によって変化していきます。
「塔」と「解放」と「時代」との歩み。それらもまた、「物語」を知る一つの道標であると言えましょう。

…というわけで今回の講義はここまでです。
次回講義は「3.二つの顔をもつ男」。事前テキストは以下の3つです。しっかり目を通しておくようにー。
THE ABNORMAL SUPER HERO HENTAI KAMEN 1 (集英社文庫―コミック版)

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デトロイト・メタル・シティ (1) (JETS COMICS (246))

デトロイト・メタル・シティ (1) (JETS COMICS (246))

*1:島本和彦『吼えよペン』12巻P139

*2:貞本義行新世紀エヴァンゲリオン』巻1、P168