新装版『あずまんが大王 3年生』 −そして『よつばと!』へ−

あずまんが大王 3年生 (少年サンデーコミックススペシャル)

あずまんが大王 3年生 (少年サンデーコミックススペシャル)

3ヶ月にわたる新装版『あずまんが大王』刊行も今回の3年生で終了。なんとも懐か面白かったです。
1年生、2年生では絵柄やトーンなど加筆修正が多々ありましたが、3年生になるとトーンも含め無印と同じ話も多く、「この絵柄が『よつばと!』に続いているのか」とある種感慨深くなりました。
新装版『あずまんが大王 1年生』 あずまきよひこの出した「応用問題」(前編)
新装版『あずまんが大王 1年生』 あずまきよひこの出した「応用問題」(後編)
新装版『あずまんが大王 2年生』 あずまきよひこの「こだわり」
1年生、2年生と無印との差分を題材に滔々と語ってきましたが、今回はやや視点を変えて『よつばと!』につながっていく部分について語ってみたいと思います。

「外」に向けて発信する

フジモリの記憶が確かならば、無印の謳い文句は
「うっかり笑った人だけ面白い、あんまりたいしたことはない超話題作」
だったかと思います。
実際、10年前に登場した『あずまんが大王』は知る人ぞ知る4コマ漫画だったことも事実です。
しかし、10年経ち、新装版にはついに、

「日本で一番売れている4コマをご存じですか?」
などという帯をぶちあげられています。
個人的には「おいおい」とツッコミを入れてしまいたくなる謳い文句ですが*1、まあ実際に「萌え4コマ」なる胡乱としたジャンルの開祖と言われたり言われなかったりすることも事実ですし、後続に与えた影響も否定できません。
とはいうものの、作者自身も『あずまんが大王』を描きながらも読者層を意識し、『よつばと!』ではっきりと「外」に向かって発信する描き方を行っています。
あずまきよひこのインタビューで、コアな方向性を「辛さ何十倍カレー」に例え、こう語っています。

別にカレーって辛くなくてもうまければ食ってもらえるんじゃないの、と思ったんです。
(中略)
「辛さ」を突き詰めていくというか、そのどこか閉鎖的な息苦しさが『よつばと!』で違う方向を目指そうと思った原因の一つではありますね。
(雑誌「ユリイカ」2006年1月号p110より)

非常に個人的な所感なのですが、『よつばと!』、そして『あずまんが大王』新装版で描きおろされた「補習」は、なんというか「わざとらしくない」感じがします。確かにキャラ付けはあるものの、会話ややりとりは非常に「普通」です。
キャラ付けを濃くし、コアに、内に内に突き進むのではなく、あえて「外向けに」舵をきった作品が『よつばと!』であり、『あずまんが大王 3年生』でもその片鱗が見られるかと思います。
ここからは余談ですが、フジモリの周囲にいる漫画をほとんど読まない人たちも『よつばと!』は楽しんで読んでいます。そういう意味でも「外」に向けた方向性はうまくいっているのかなぁ、と思ったりします。

リアルな世界観

よつばと!』に驚かされるのは、そのリアルな背景です。当blogでもそのあたりについては何度か記事にしています。
『よつばと!』8巻 「現実の中の非現実」によるリアリティ
『よつばと!』の背景が細かくなったことについて考察する
背景を描くのはアシスタントですので作者の技法、というわけではないかもしれませんが、背景のカメラアングルや雰囲気の指定などには作者あずまきよひこのこだわりがあります。

あずま 背景は『よつばと!』を始める前から徹底的にやりたいと思っていて、さっきも言ったように話(フジモリ註:ストーリーのこと)がないのでそれをやらないと保たないんですよね。
伊藤(インタビュアー) 写真のトレースとかはけっこう使うんですか?
あずま そんなに使ってないですね。でも、釣りの時は釣りに行ってみたり、買い物のときはみんなで買い物に行ってみたりして、雰囲気は極力掴むようにはしてます。
(同p116)

巻を追うごとに細かくなり、まるで実写のなかによつばたちがいるかのような『よつばと!』ですが、その「背景の描き込み」は新装版にも反映されています。
印象に残ったのがこのコマ。
*2
ジュースの缶にきちんと商品名が書かれています。
また、3年生11月の回の表紙では、
*3
「マグネ」と名称を変更されたファーストフード店が正式名称で描かれています。
こういった背景の描き込みにより、『あずまんが大王』から『よつばと!』に、いわゆる「漫画(フィクション)の世界」から「どこかにあるかもしれない、ここではない場所」という表現にシフトしていったような気がします。

あずまんが大王』と『よつばと!』と

リアル(な背景)にキャラクターを投入するという手法は『よつばと!』で確立したとはいえ、作者は『あずまんが大王』連載当時から意識していたようです。

たしかに(『あずまんが大王』から『よつばと!』に)意識して変えたのはあるんですけど。一番おおもとにある、生きたキャラクターを描きたいというのは同じなんですよ。ストーリーはある意味どうでもよくて、舞台設定を提出するというか、こういう世界観を用意してみました、受け取り方はそちらにお任せします、という方向性ですね。
(同p109)

そういう意味では、『よつばと!』で培ったテクニックを『あずまんが大王』に還元したのがこの「新装版」だと言ってよいかと思います。
あずまきよひこが当時描きたかったことを、「今の技術で描いた」のがこの新装版であり、だからこそ無印からの読者も『よつばと!』から入った読者も楽しめる一冊に仕上がっているのだと思います。
あずまんが大王』から『よつばと!』へ。変わったこと、変わらないこと。
少し気が早い話ですが、次の10年後、『あずまんが大王』がどのように描かれるのか、無印と新装版を読みながら楽しみに待ちたいと思います。

よつばと! (1) (電撃コミックス)

よつばと! (1) (電撃コミックス)

*1:まあ、出版社が付けた煽り文句という可能性も否定できませんが(苦笑)

*2:新装版『あずまんが大王 2年生』p54

*3:新装版『あずまんが大王 3年生』p153