『百番目の男』(ジャック・カーリイ/文春文庫)

百番目の男 (文春文庫)

百番目の男 (文春文庫)

「暗闇でなにかを求めて手探りするか、それともあかりのなかで楽に見つけられると楽観するか。選ばせると、人は百人中、九十九人まではあかりを選ぶ」
「じゃあ、百番目の男というのはどんなやつだね? つねに暗闇で手探りするのは」
(本書p15より)

 異常犯罪を担当する部署、精神病理・社会病理捜査班に配属されたカーソンは、連続猟奇殺人を捜査することになる。切断された頭部と陰毛上部に書かれた文字には、犯人にとっていったいどのような意味があるというのか? 捜査を進めるうちに、カーソンは自らの過去と向き合うことになる……といったお話です。
 本書は、基本的にはサイコ・サスペンスの定跡どおりに展開します。常軌を逸した殺人。それを捜査する心理学に詳しい刑事カーソン(語り手)と、そんな彼をベテラン刑事としてサポートするハリーのコンビ。特殊な部署に配属されたがゆえの周囲との軋轢。上司との対立。これらは警察小説の常道といえます。
 事件の背後にはホモ・セクシャルなどといったいかがわしい人間関係も見え隠れしてきます。また、サイコ・サスペンスのお約束として、ジェレミーというなにやらカーソンと因縁があるらしき精神医学施設に収容されている患者も登場して、カーソンに接触を図ろうとします。さらに本書では検死官にも焦点があてられますが、検死を担当するアヴァは重度のアルコール中毒を抱えています。
 モラルとアンモラル。治療できる狂気と根治不能な狂気。現在の事件の解決を通じての過去のトラウマとの対決。これらの要素はまさにサイコ・サスペンスの定跡といえますが、それでいて本書は爽快で軽快なテンポで展開してきます。それというのも主人公であるカーソンの洒脱な語りと、相棒であるハリーとの息の合った掛け合いがあればこそです。
 このように定跡を踏まえているからこそ、真相の意外性・犯人の動機の異常性が際立ちます。ググっていただければお分かりいただけますが、本書の評価自体は様々なれど動機について触れていないサイトは見当たりません。バカミスとでもいうべき驚愕の真相でありながら、それでいて詳細については一切語る気になりません(苦笑)。それだけに、この驚きは本書を実際に読まない限りは味わうことはできないでしょう。いやはや呆れるというかなんというか…。よくこんなこと思い付きましたね(笑)。一見お約束を踏まえているようでありながら、実は巧みに練り上げられていたプロットには感心せざるを得ません。
 サイコ・サスペンスが好きな方であれば無視することは許されない作品だといえるでしょう。
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