私家版2011年SF ベスト10

 年末ですので書評サイトらしく一応2011年のベストSFなんぞを挙げてみます。ちなみに私家版です。刊行年数などにかかわらず私が2011年に読んだ本の中から選ばせていただきましたのであしからず(順位も付けていません)。

時の地図

時の地図 上 (ハヤカワ文庫 NV ハ 30-1)

時の地図 上 (ハヤカワ文庫 NV ハ 30-1)

時の地図 下 (ハヤカワ文庫 NV ハ 30-2)

時の地図 下 (ハヤカワ文庫 NV ハ 30-2)

 今年のベストとして去年の10月に出た本を挙げるのは気が引けなくもないのですが、あくまで私家版ですので(笑)。19世紀末のロンドンを舞台とすることで、既存の時間旅行についての理論の数々が当時の人々にとっては新鮮な理論として扱われているという着想は見事です。『タイム・マシン』の著者であるウエルズ自身が時間旅行にまつわる様々な事象に振り回されるという展開と構成が面白いです。
【関連】『時の地図』(フェリクス・J・パルマ/ハヤカワ文庫) - 三軒茶屋 別館

妙なる技の乙女たち

([お]6-1)妙なる技の乙女たち (ポプラ文庫)

([お]6-1)妙なる技の乙女たち (ポプラ文庫)

 2050年、月と地球を結ぶ軌道エレベーターが建てられているリンガ島を舞台に、働く女性たちの姿を描いた8編のオムニバス・ストーリーです。未来になって変わるものと、未来になっても変わらないものと。「女性」が「働く」ということをSF的手法によって異化して描いた逸品です。
【関連】『妙なる技の乙女たち』(小川一水/ポプラ文庫) - 三軒茶屋 別館

シリンダー世界111

シリンダー世界111 (ハヤカワ文庫SF)

シリンダー世界111 (ハヤカワ文庫SF)

 2009年度フィリップ・K・ディック賞受賞作品です。本来なら海外ミステリベストのほうで紹介する予定でしたが、海外ミステリのほうが豊作だった関係でこちらのみで紹介することになってしまいました(苦笑)。ということで、本書はSFミステリです。「ウデワタリ」と呼ばれるチンパンジーの親類のような知的生物が犯罪に関わっているという設定だけで、ミステリ読みならニヤリとさせられること間違いなしでしょう。SFベストの記事で紹介しておきながらこんなこと言うのもなんですが、ミステリ読みに強くオススメしたい逸品です。
【関連】『シリンダー世界111』(アダム=トロイ・カストロ/ハヤカワ文庫) - 三軒茶屋 別館

大正二十九年の乙女たち

 本書をSFとして紹介してしまっていいのかどうか悩まないでもなかったのですが、P・K・ディックの『高い城の男』などがSFであるならば、本書もまたSFだといえるでしょう。というのも、「大正二十九年」という言葉からお分かりのとおり、本書はちょっとした歴史改変小説なのです。軍国主義まっしぐらの中での少女たちの表現の自由をめぐる人生をかけた戦い。古くて新しいテーマを古きを舞台に新しい筆致で描いています。
【関連】『大正二十九年の乙女たち』(牧野修/メディアワークス文庫) - 三軒茶屋 別館

ねじまき少女

ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)

 環境破壊によって海面が上昇した世界。遺伝子操作の弊害として疫病が蔓延して病気に耐性を持つ遺伝子組み換え操作の作物しか栽培できず、石油の枯渇によってバイオエネルギーが重宝される社会。バイオ技術に秀でたカロリー企業と呼ばれる少数のバイオ企業が支配する世界を舞台にしたバイオテクノロジーSFです。原発事故によってエネルギー問題について再考が求められている今だからこそ読んでおきたい逸品です。テーマの割りにエンタメしているのも個人的には高ポイントです。
【関連】『ねじまき少女』(パオロ・バチガルピ/ハヤカワ文庫) - 三軒茶屋 別館

クロノリス―時の碑―

クロノリス?時の碑? (創元SF文庫)

クロノリス?時の碑? (創元SF文庫)

 クロノ(時間の)+モノリス(石柱)というSF読みであればwktkせざるを得ないガジェットが用いられた作品ですが、ストーリー自体は極めて地味です。というのも、本書の主人公の立ち位置が実際のところ観測者という脇役に過ぎないからです。非日常的現象を投下することで当たり前の日常の大切さを浮かび上がらせる、地味で滋味な作品です。
【関連】『クロノリス―時の碑―』(ロバート・チャールズ・ウィルスン/創元SF文庫) - 三軒茶屋 別館

神の狩人―2031探偵物語

神の狩人―2031探偵物語 (文春文庫)

神の狩人―2031探偵物語 (文春文庫)

 近未来小説の形式を採ってはいますが、それは未来ではなく「今」を描くために機能しています。しかし、だからといってそのことがただちに本書のSF性を否定することにはなりません。想定される未来を迎えるための「ワクチン」として意味のある作品だと思います。
【関連】『神の狩人―2031探偵物語』(柴田よしき/文春文庫) - 三軒茶屋 別館

プランク・ダイヴ

プランク・ダイヴ (ハヤカワ文庫SF)

プランク・ダイヴ (ハヤカワ文庫SF)

 さっぱりわからんお(´・ω・`) イーガンの作品といえばただでさえハードSF度高めですが、本書はそんな作者の作品のなかでも特にハードSF度の高い作品集とのことです。そういうことなので、わからなくったって別にいいじゃないですか。わけわからんけど何となく面白くて何となくすごい。そういう感覚的な楽しみ方がSFでは大事だと思うのですよ(←開き直り)。
【関連】『プランク・ダイヴ』(グレッグ・イーガン/ハヤカワ文庫) - 三軒茶屋 別館

マインド・イーター

マインド・イーター[完全版] (創元SF文庫) (創元SF文庫)

マインド・イーター[完全版] (創元SF文庫) (創元SF文庫)

 一貫した強いテーマ性を感じさせる物語でありながら、一方で多様な読み方を許容する物語でもあります。それは優れたSFが有する特性です。ときに叙情的に、ときに叙事的に語られる内宇宙への旅は、想像力を否応なくかきたてます。文系本格SF傑作として語り継がれるべき記念碑的作品だといえるでしょう。オススメです。
【関連】『マインド・イーター』(水見稜/創元SF文庫) - 三軒茶屋 別館

リリエンタールの末裔

リリエンタールの末裔 (ハヤカワ文庫JA)

リリエンタールの末裔 (ハヤカワ文庫JA)

 『華竜の宮』は読んでおくべきだったか……。それはともかく、飛躍した奇想や幻想は抑え気味ですが、逆にいえば地に足が着いている、ということでもあります。技術の進歩を科学的厳密さに捕らわれることなく描き、かつ、物語性を生じさせる。そんなSF短編集です。科学技術の進歩がヒトと社会にもたらす影響、そんな科学とヒトと社会との微妙な三角関係が絶妙なバランス感覚で描かれています。
【関連】『リリエンタールの末裔』(上田早夕里/ハヤカワ文庫) - 三軒茶屋 別館


 基本的に私はミステリ読みです。SF方面のフォローは甘くなりがちですので、その点は予めご容赦を。とはいえ、『異星人の郷』やファージング三部作や『華竜の宮』を読まないまま2011年の終わりを迎えてしまったことには正直悔いが残っています。来年はより計画的な読書ライフを心掛けたいです。
 21世紀東欧SF・ファンタチスカ傑作集『時間はだれも待ってくれない』(高野史緒・編/東京創元社)というアンソロジーが刊行されましたが、そのなかにベラルーシからチェルノブイリ原発事故後の汚染地域を舞台にどこまでも現実的な描写であるがゆえにSF的な世界観が生み出されている「ブリャハ」(アンドレイ・フェダレンカ/越野剛訳)という作品が収録されています。東日本大震災原発事故とがそれぞれの作家が消化して、それぞれの作品に昇華されるのにはもう少し時が必要だと思われます。そのとき、SFというジャンルは特に重要な役割を果たすことになるでしょう。そんな勝手な期待をしながら、これからもSF作品を追っかけていきたいと思います。
【関連】私家版2010年SF ベスト10 - 三軒茶屋 別館