『月光ゲーム―Yの悲劇’88』(有栖川有栖/創元推理文庫)

月光ゲーム―Yの悲劇'88 (創元推理文庫)

月光ゲーム―Yの悲劇'88 (創元推理文庫)

「人間の意識には『睡眠』と『目覚めている』と『自覚』の三段階があって、状況に翻弄されて自由のない現在の人間は、ただ目覚めているだけで何も判ってないという状態なわけや」
(本書p145より)

 夏合宿のため矢吹山のキャンプ場へやってきた英都大学推理小説研究会の面々。他の大学生のグループと楽しくキャンプを楽しんでいたところ、突然の火山の噴火によって陸の孤島と化したキャンプ場に閉じ込められてしまう。そんなクローズド・サークルの状況で起こる連続殺人。殺人犯の恐怖と火山の脅威が学生たちを追い詰める。果たして犯人は……?といったお話です。
 有栖川有栖の長編第一作にして、江神部長が探偵役を務める「学生アリス」シリーズ第一作です。
 閉鎖状況下での人間ドラマは学生たちばかりということもあって青臭さ全開ですが、頭でっかちな学生たちの集まりということを考えれば取り立てて不自然なものではないでしょう。もっとも、読んでてこっぱずかしさがあるのは否めませんが、それはそれです。こうした青臭さ、良くも悪くも若さというものを描けたのも本書が若書きだったからこそでしょう。
 「学生アリス」シリーズはクローズド・サークル内でのミステリという共通項があるのが特徴ですが、学生という社会人未満のモラトリアムな身分とクローズド・サークルというテーマと相性が良いように思います。というのも、閉鎖空間内に生まれる「社会性」というものをニュートラルに描くことができると思うからです。そんな「学生アリス」シリーズの一作目である本書ですから、もちろんクローズド・サークルという状況が十二分に意識された上で物語は進められていきます。
 作中で述べられているクローズド・サークルの特徴的状況は次の3点に要約されています。(1)容疑者の限定、(2)犯人と一緒に閉じ込められたためのサスペンス、(3)科学捜査の不介入、の3点ですが、(1)については本書では登場人物が多すぎてあまり有効に機能しているとはいえません。本書の真価は犯人当てという答えではなく、犯人が導き出されるまでの過程にあるのは明らかですから、もう少し容疑者候補が絞られていたらなおよかったのではないかと思うのです。いや、単純に考えるのがしんどかったので(苦笑)。
 本書は「Yの悲劇’88」という副題からも察せられるようにエラリー・クイーンの影響を強く受けた構成となっています。有栖川有栖という作者と同名の人物が主人公を務めるという趣向(探偵役は異なりますが)、「読者への挑戦」、そして何でもないと思われた証拠から矛盾を見出し論理的思考によって犯人が導き出されるカタルシス。クイーンが好きなミステリ読みの方であれば是非。
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