『『ギロチン城』殺人事件』(北山猛邦/講談社文庫)

『ギロチン城』殺人事件 (講談社文庫)

『ギロチン城』殺人事件 (講談社文庫)

 さて、本論のミステリーに登場する生首の役目は、主に首のすげ替えトリックか、被害者を分からなくするか、或は又、○○*1のように、被害者を勘違いさせるためか、又はもっと簡単な理由、即ち人間一人では重過ぎ、大き過ぎるために、バラバラにして、少しずつ運ぶためとか、大体、こういった理由で使われることが多い。それにグロテスクなムードを盛り上げるのに役立つことは言うまでもあるまい。
『ミステリ百科事典』(間羊太郎/文春文庫)p85〜86より

 『ギロチン城』という人工的で戯画的で閉鎖的で薄っぺらな世界。その中に住む住人たちの名前は一、二、三、四、五と識別番号とほぼ同義です。さらには城内の扉を開閉するために必要な生体認証システムによって、人間という存在がデータへとあっさり還元されてしまいます。
 本書では大別して3つの謎・トリックが問題となります。そのうちの1つにして、そもそもの発端である城主・道桐久一郎の死の謎はまさに『ギロチン城』としか言い様がないものです(笑)。2つ目の謎・密室内での連続殺人については、まあ見事なことは見事だと思いますが、正直少々もにょってしまいます(苦笑)。ですが、最後の最後で明らかになる3つ目の謎(そもそも謎であること自体が最後まで隠されているのですが)・トリックは実に印象的です。本書のいかにも作り物めいた雰囲気、記号めいた人物、そして人工的な状況のすべてはこの真相のために作られたものといっても過言ではありません。
 非人間的な世界の中で人間性を問う論理の国のおとぎ話を描いた快作としてオススメの一冊です。
【関連】
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ミステリ百科事典 (文春文庫)

ミステリ百科事典 (文春文庫)

 なお、本書の各トリックについては黄金の羊毛亭さんの感想のネタバレ感想がとても参考になりますので、強く強くオススメしておきます(ノベルス版と文庫版の違いについても触れられている力作です。必読です)。
(以下、ネタバレにつき既読者限定で。)
 1つ目の謎については特に付け加える必要もないでしょう。繰り返しになりますが、まさに『ギロチン城』です。私はこういうの大好きです。ただし、具体的な機械の仕掛け・メカニズムについては一切考えない方向でお願いします(笑)。
 2つ目の謎については、はっきり言って壁に投げつけられても仕方のないレベルかと。いや、確かに大胆なアイデアだと思いますし、首の切断と入れ替えのロジックも見事だとは思います。しかしながら、やはりp131とp192の図を見てこのトリックに気付けといっても無理な話でしょう。いや、面白いとは思いますけどね……。
 ”物理の北山”という二つ名からすれば、この密室連続殺人が本領なのかもしれません。しかしながら、このトリックの本当の意味は、古典的な首切りトリックを再考させることにあります。

北山 僕がやりたいのは単純なことで、忘れさられようとしているものを拾い上げて見映えがいいような形で、ようするに古典的な探偵小説と言われる時代のやり方とか構造で、僕なりのやり方でしかないですけれども、新しいことをしようと思います。
(『探偵小説と記号的人物』所収「座談会 現代本格の行方」p307より)

 頭部切断のトリックは、かつては被害者を分からなくする、あるいは被害者を勘違いさせる目的で用いられてきましたが、科学の発達によってそうした古典的なトリックはトリックとして成立し得なくなりました。その最たるものが生体認証システムです。
 しかしながら、生体認証システムという人体のデータ化が、新たな人体の切断という事態が生じることになります。人体が人形となりパーツとなりデータとなることで、これまでにない”頭部の切断”という事態が起きることになりました。
 首から上が”藍”、首から下が”悠”という異様なパーソナル。藍が”I”で悠が”You”を意味していることは間違いありません。肉体の認証は機械が行なってくれます。では、人格の認証は? 私が私であることは、誰が認めてくれるのでしょうか? 誰が認めてしまうのでしょうか? この世に2人しかいない世界では、互いの呼び名は”私”と”あなた”だけでこと足ります。個人を特定するための名前は、三人目以上が存在する世界において始めて必要になります。どこまでも作り物の中で繰り広げられる物語によって、人間性への問いかけが行なわれるという逆説的な展開が面白いです。それは、『ギロチン城』の住人の中で『死』だけが生きて城を脱出するという逆説的な結末にも象徴されているといえます。
 人工的な閉鎖状況が強調されて内と外の関係が強調されていますが、内と外はそれを決めるものの意思によって決められます。内と思った側が内となり、外と思った側が外となります。また、本書ではナコと頼科の二人が探偵役となります。探偵らしい探偵はナコですが、頼科も探偵的行為は行ないますし、実際に事件の結末を体験するのも頼科です。作中においてもさり気なく探偵とは何者かという問いかけがなされますが、これもまた認証の問題のひとつだといえるでしょう(もしかしたら、命令形を連発するナコの性格も、他者性を強調する意図があってのものかもしれませんね)。
 ちなみに、本書のこのトリックは『アリス・ミラー城』での大技が反転されて使われているものだともいえますが、単なるトリックのリサイクル以上のインパクトがあります。『城』シリーズはそれぞれに独立した作品ではありますが、『アリス・ミラー』と本書については両方読まれることを強くオススメしておきます。

*1:原文には具体的な作品名が書かれていますが、ここでは伏せさせていただきました。