『『アリス・ミラー城』殺人事件』(北山猛邦/講談社文庫)

『アリス・ミラー城』殺人事件 (講談社文庫)

『アリス・ミラー城』殺人事件 (講談社文庫)

 『瑠璃城』殺人事件に続く『城』殺人事件シリーズ3作目です。
 『探偵小説と記号的人物』(笠井潔東京創元社)収録の「座談会 現代本格の行方」において、北山猛邦は自身の作品の世界観について次のように語っています。

北山 世紀末的なイメージは僕らの世代の根底にあるのではないかと、僕自身は考えています。僕は特に、破滅した世紀末というイメージの強い影響下にありました。ノストラダムスの大予言が自分にとって多大な影響を及ぼしているのかもしれません。
(『探偵小説と記号的人物』所収「座談会 現代本格の行方」p300〜301より)

 本書もまた、そうした終末思想が全面に押し出された世界観が舞台です。そして、そんな世界観が、本格ミステリとしてのプロットにも深く関係しているのが本書の特徴でもあります。
 孤島にたたずむ「アリス・ミラー城」に集められた10人の探偵たち。不可解な謎が発生したとき、そこに集まっている探偵の数だけ推理・仮説が生み出されることが期待されます。そもそもミステリというジャンルは、たくさんの仮説がやがてはひとつの真実へと収斂していく結末を迎えるというパターンの物語です。しかしながら、本書ではクリスティ『そして誰もいなくなった』を彷彿とさせるシチュエーションの下、探偵たちが次々に殺されていきます。生み出されるはずだった仮説・可能性が次々に消えていくその過程は、ミステリというジャンルに終末的な一面があることを表しているともいえます。であるならば、本書において集められた10人の探偵たちは、そうしたジャンル構造のパロディだといえるでしょう。そして、それこそが北山ミステリの世界でもあります。
 『そして誰もいなくなった』を想起するために用いられた道具がチェス盤です。このチェス盤は『鏡の国のアリス』のオマージュ的な意味ももちろんありますが、いずれにしても、チェスもまた手が進むにつれて可能性が失われていくゲームです。将棋と違いチェスは持ち駒を使うことができないからです。ゆえに、盤上から駒が消えればそれだけ動かせる駒も少なくなり、盤上に表れる可能性もなくなります。
 作中で行なわれている物理トリック談義もこの作者らしくて面白いです。いや、談義というほどロジカルなものでもないですが、物理トリックのシュールさというのには納得です。だからこそ、それを表現している図面にしてもそれなりに感銘を受ける一方、バカミスと呼ぶよりない物理トリックものが存在してしまうのでしょう。その点、北山ミステリはかなり無茶なことをやってる割には笑いの方向に走らずにすんでいます。それには冒頭で述べたような終末的な世界観によるものが大きいのでしょうが、でも少しもったいないようにも思うのは私だけでしょうか?(笑)
 作中の工夫された物理トリックもさることながら、「孤島で全滅もの」というパターンでありながら意外な犯人を演出している鮮やかなトリックには一読の価値があります。本格ファンには強くオススメしたい逸品です。
【関連】
プチ書評『『クロック城』殺人事件』(北山猛邦/講談社文庫)
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 なお、本書のメイントリックについては、黄金の羊毛亭さんの感想(特にネタバレ感想)が非常に参考になりますのでご紹介。ただ、黄金の羊毛亭さんの感想ではノベルス版が下地になってますが、私が今回読んだ文庫版ではそれに多少手が加えられている模様です。
(以下、些細な違いですが念のため既読者限定で。)

 食卓には空席が目立った。殺害された鷲羽と窓端の姿がないのはもちろんだったが、空の椅子がまだ余分に残っているようだった。山根と堂戸が見あたらない。十席ある椅子のうち、四席が空席のままだ。
(ノベルス版p131より)

という箇所ですが、文庫版ですと「十席ある椅子のうち、四席が空席のままだ。」の一文はありません(文庫版p200より)。おそらくは黄金の羊毛亭さん指摘の不都合を考慮しての変更だと思われます。他にもこうした変更があるかもしれませんので、ノベルス版を読んだ方も本書を読むと意外な発見があるかもしれませんね*1(笑)。

*1:もっとも、文庫版になっての修正ではなくノベルズ版の重版での修正かもしれませんので、そのときはあしからず。