『1/2の騎士 harujion』(初野晴/講談社ノベルス)

1/2の騎士 harujion (講談社ノベルス)

1/2の騎士 harujion (講談社ノベルス)

 僕は以前からひとつの公理をもっていますが、それは、あり得べからざることを除去してしまえば、あとに残るものが、いかに信じがたいものであろうと、真実にちがいない、というのです。
(『シャーロック・ホームズの冒険』(コナン・ドイル創元推理文庫)所収「緑柱石宝冠事件」p392より)

 主人公は喘息持ちのレズビアン女子高生・マドカ。その彼女に付きまとうことになる幽霊は女装趣味の男子高生”サファイア”。その他にも、ホモセクシャルのヤクザや全盲視覚障害者や車椅子の少年といった社会的弱者が事件の中心人物となって織りなされる物語は、”もりのさる””ドッグキラー””インベイション””ラフレシア””グレイマン”といった異常犯罪者たちとの戦いの物語でもあります。
 たとえどれだけ大勢の声を敵に回したとしても、それが論理によって残された唯一の結論であるのならば、真実として肯定して尊重する物語がミステリであるならば、社会的弱者の物語を受け入れる枠組みとしてこれ以上の適役はないでしょう。そんな枠組み自体は坂木司『青空の卵』以下の”ひきこもり三部作”と共通のものだといえますが、本書の場合には”サファイア”という幽霊が登場したり、異常犯罪者に記号名が与えららたりで、ゲーム性が付与されたファンタジックミステリという売り込みになっています。おそらくは少しでも社会派性を中和したいという意図があってのことだと思うのですが、結果として独特の雰囲気・読み応えが生まれているのがとても面白いです。

「この街にいるのは、隠れるのが得意で卑劣な毒物散布犯だ。ラフレシアという記号じゃない」
(本書p318より)

 異常犯罪者に付けられた記号を読み解き実体を与える物語。しかし、記号なのは何もラフレシアだけではありません。ホモとかレズとか障害者とかもまたひとつの記号でしょう。それは確かに物事の一面を象徴しているのかもしれませんが、それが一人歩きしてしまうと、思い込みや偏見を生み出すフィルタになってしまいます。本書は、記号によって描かれた物語によって記号の無効化を図る物語だともいえるでしょう。
 社会派性ばかり強調してしまいましたが、ミステリとしてもなかなか面白いです。5人の異常犯罪者たちとの戦いにはそれぞれに異なる趣向が用意されていて飽きさせません。”もりのさる”は中学生の間でやりとりされる暗喩を読解する暗号もの。”ドッグキラー”は盲導犬殺し。その犯人を聴覚情報からの推理によって特定していきます。”インベイション”は目的不明の侵入者。被害者の共通点は、一人暮らしの女性・パスポート・インターネットの接続環境。さて犯人の目的は? ”ラフレシア”ば毒ガス散布犯。天気の読み合い。犯行を仄めかす暗号。毒ガスを散布する意外な方法。そして”グレイマン”――。
 幽霊といった超自然的な存在は登場しますが、犯罪者たちの犯行はどれも現実的で、その動機もまた狂ったものでありながらも現実から逃避したものではありません。幽霊さえ出てこなければ本格的なミステリとして紹介してもよいのですが(笑)、それに準じたものであることは確かです。幻想的な雰囲気の演出はいまどきの社会派ミステリのあり方としてよく練られていると思いますし、連作風味の構成は一人の少女を通じての成長と変化の物語、出会いと別れとが連環する物語としてきれいに完結しています。
 いろんな読み方ができると思いますが、私としてはあえて社会派性を全面に押し出してオススメしたい一品です。
【関連】ジョジョラー目線で読む 初野晴『1/2の騎士』 - 三軒茶屋 別館