”文学少女”が本を食べる理由についての駄文
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”文学少女”は文学作品を題材にした人間ドラマと、そんな愛憎劇の中から小説を書く意味を見つけていくというテーマのお話です。つまり現実的な世界を舞台としている物語なのですが、その中にあって、天野遠子の”本を食べる”という性質はかなり浮いています。味読(=味わいながら読む)という言葉はありますが、なぜそのような性質をわざわざ持たせたのか。普通に読んで食べ物に例えた感想を述べるだけではダメなのか。そこには、おそらく次のような意味があるのではないかと思います。
スティーヴン・キング『ミザリー』という作品があります。流行作家ポール・シェルダンが、自動車事故で半身不随になってしまいますが、偶然とおりがかったアニーに助けられます。しかしながらそこからが地獄の始まりです。愛読者であるアニーに監禁された彼は、彼女のためだけの小説を書くように脅迫される、というお話です。
『ミザリー』は監禁状態下にあるポールが味わう恐怖と、作家の創意工夫を踏みにじってまでも自己の求める物語を書かせようとするファン心理の狂気を描いた恐怖小説ですが、そこには作家と作品と読者の三角関係も描かれています。アニーは自分の思うがままの小説を書かせるためにポールを監禁します。両足を切断して薬物中毒にして小説を書かせようとします。そんな極限状態の中にあっても作家としての本能が、アニーが思うがままの小説を彼に書かせていきます。しかしながら、それはアニーのための物語ではありません。アニーの要求をすべて受け入れていながらも、書き進めるうちに彼の中からアニーの姿はどこか彼方へと消えていきます。だからこそ、その小説は最高傑作となり得たのです。
”文学少女”の心葉と遠子の関係もまたポールとアニーの関係に近いものがあります。「青空に似ている」刊行後、書くことをやめてしまった心葉。そんな彼を庇護して小説を書かせようとする遠子。しかし、遠子は彼女のための小説を書いて欲しくて彼を助けたわけではありません。彼に作家になって欲しくて、読者のための作家になって欲しくて、遠子は心葉を助けました。でも、心葉が自分のためだけの作家になってしまうことを恐れ、自分の中にもそうなって欲しいという気持ちが芽生えてしまったことを恐れて、遠子は心葉の前から姿を消すことを決意します。
『ミザリー』において、アニーはポールがこれまで書いてきた小説をそれなりに認めてはいるものの、しかし決して満足はしていません。なのでポールを監禁脅迫してオーダーメイドの小説を書かせるのですが、いざその最高傑作が完成した最後の場面で、アニーの手から逃れようとする抵抗するポールによって、アニーはその生原稿をむりやり口の中に入れられます。それは、独りよがりな主張をする一読者に対する作家の反乱です。遠子は、アニーのようにはなりたくありませんでしたし、なるわけにはいきませんでした。だからこそ、彼女は心葉が自分のために書いてくれた小説を食べなかったのです
misery=不幸の物語ですが、”文学少女”は登場人物の一人ひとりが幸福をつかみとる物語です。アニーと遠子は、作家に小説を書かせるための存在としては共通しています。しかし、二人は決定的に違う存在です。現実的な世界の中にあって、”本を食べる”という遠子の体質には、アニーと遠子を分かつ象徴としての大事な意味が込められているのだと思います。
推論でもない、ただの想像ですけどね(笑)。
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