『凍える森』(アンドレア・M・シェンケル/集英社文庫)
- 作者: アンドレア・M・シェンケル,平野卿子
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2007/10/19
- メディア: 文庫
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1922年に南バイエルンの片田舎で起きた一家六人の惨殺事件。被害者に七歳の女の子と二歳の男の子を含んでいるその事件は悲劇性もさることながら、犯人が犯行後も数日間現場に残って家畜の世話をしていたり多額の現金には手を付けられていなかったりといった不可解な点があってドイツ犯罪史上に残る事件とされています。そうした事件について、あくまでも小説という物語上のことではありますが解決と解釈が試みられているところがミステリーとして評価されたのだと考えるべきなのでしょう。
本書では、事件を浮かび上がらせるために独特の手法が用いられています。探偵や刑事といった特定の人間の視点を排し、被害者の友人や隣人、郵便配達人、教師といった人々の証言から事件の意外な真実が明らかにされていきます。断片的な一人称多視点の集合体とでもいうべき構成です。実在した過去の事件を掘り起こすという手法はガルシア=マルケスの『予告された殺人の記録』、またルポルタージュ的な手法としては宮部みゆきの『理由』といった作品がありますが、それらと本書を比較するのも一興でしょう。
そうした証言はすべて証言者の主観に基づくものです。なので、ときには矛盾することもあれば、まったく語られないこともあります。ただ、そうした読者にストレスを与えかねないような事柄については、本来なら語り得ないはずの被害者視点によって補足されています。ルポルタージュ的な手法を採ってはいますが、本書はあくまでも小説なのです。
1922年に起きた事件が基になってはいますが、本書は時代設定を1950年代に変更された上で、被害者たちの名前も変更されています。そういう意味でも本書は紛れもない小説であってノンフィクションものではありません。第二次世界大戦の出来事が人々の記憶にまざまざと焼きついている時代。そういう微妙な時代で起きた惨殺事件。作中に織り込まれている神への祈りは、ドイツの片田舎に暮らす人々の心象風景というものを読者にも共有させる役割を果たしています。そんな神への祈りを嘲笑うかのように、作中では事件についての証言が次々と積み重ねられていき、ついには惨劇の真相が暴かれていきます。村社会という檻。さらには家族という檻。それらを作り上げる下地としての宗教という名の因習。心理描写が主眼となっている物語なので殺人者の抱えている「心の闇」というのが問題になるわけですが、本書はルポ的な手法が採用されていることもあってそんなに踏み込んだものにはなっていません。そこが逆に作り物でありながら作り物っぽくなく思わせるように上手く作用していると思います。
解説込みで198ページ、しかも1ページあたりの字数も心なしか少なめというコンパクトな仕上がりなので読み終わるのには時間も労力もそれほどかかりません。何が楽しくて本書みたいなお話を読んでいるのか自分でもかなり謎ですが(笑)、読むのが簡単、というのは本書のようなテーマの作品の場合には立派な長所だといえるでしょう。
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