『魔女遊戯』(イルサ・シグルザルドッティル/集英社文庫)

魔女遊戯 (集英社文庫)

魔女遊戯 (集英社文庫)

羽海野 私も漫画家なんですけど、漫画描いてない時間もあって。
人生がここにあって、仕事っていう闘いもあって、両方ないと私じゃないから、それを描きたいなぁと思って。
いくら将棋で勝ってても家族とうまくいってなかったら、どこかが痛む、みたいなこととか、闘いの前に友達と喧嘩しちゃったっていうと、気を取られるとか、すごい強くなってみんなに慕ってもらえるのに自信がないとか。全部入れ込んでいってるなぁと。

ほぼ日刊イトイ新聞ー恋、みたいなもの。より

 アイスランド(【参考】アイスランド - Wikipedia)の作家によるアイスランドが舞台のミステリというもの珍しさと、「北欧アイスランド99週連続ランクイン」というオビの言葉に釣られて読みました。本書は2005年のアイスランドが舞台となっています。世界金融危機による財政破綻の危機で日本のニュースでも国名を聞くようになったのは2008年ですから、ひとまずは経済的に落ち着いている頃のお話ということになるのでしょう。
 アイスランド大学のコピー室でドイツ人留学生ハラルドが両目を抉られた絞殺死体で見つかった。祖父からの遺産の大半を魔女研究に費やしていた彼を呪術めいた方法で殺した犯人の目的とは? 被害者の両親からの依頼で元ミュンヘン警察刑事マシューと事件を調べることになった弁護士のトーラは、次第に被害者が研究していた魔女裁判やグロテスクな儀式について知ることになるが……といったお話です。
 アイスランドを舞台にドイツ人が被害者の事件を、アイスランド人とドイツ人のコンビが捜査する。というわけで、本書はドイツ、あるいはドイツ人との対比によってアイスランドの地誌的特徴やアイスランド人の気質が語られます。分かる人には分かるのかもしれませんが、ぶっちゃけドイツについてもあまり詳しくない私のような無学な者にとってはピンとこない描写も多々あるのですが、日本風にいえば県民性の違いをあれこれ議論しながらコミュニケーションを深めていくようなものだといえるのでしょう。
 被害者が魔女狩りについて調べていたということで、本書は魔女狩りについての薀蓄が盛りだくさんです。とはいえ、それは事件の真相を解明するための捜査の一環にすぎまあせん。なのでオカルトめいた超常現象といったファンタジーな展開を期待されては困ります。本書はあくまで犯罪小説です。よくも悪くもケレン味はありません。魔女狩りについては、ヨーロッパ――主にドイツとアイスランドでの対比という被害者の研究観点を軸にして語られているのですが、魔女狩りの背景や、ヨーロッパでは魔女狩りの被害者の多くが女性であったのに対しアイスランドでは男性がほとんどだった、などなど。こうした薀蓄は悪趣味とは思いつつも個人的にはそれなりに楽しめました。また、ドミニコ会修道士が書いたとされる魔女狩りについての本『魔女への大槌(マレウス・マレフィカルム)』を、童貞の妄想全開の書物として扱っているところなどもなかなか面白いです。
 そうした弁護士としての捜査と平行して、離婚歴があり6歳の娘と16歳の息子を持つ家庭人としてのトーラの日常生活も語られます。事件の捜査と日常とが交わることなく別々に描かれている点が本書の大きな特徴だといえます。なんとなれば、大なり小なりの様々な要素をストーリー的に意味のあるものとして関連づけて意味を持たせるのがミステリの常套手段ですが、そういう意味で本書は真逆です。ですが、それが本当といえば本当でしょう。本書オビの〈ザ・タイムズ〉の短評にもあるとおり、魔女研究の闇と主人公のごく普通(?)の日常のバランスの取り方は確かに巧みです。
 ミステリとしては、500頁以上のボリュームなのに最後の最後にならないと真相が明らかにならなくて、しかも拍子抜けであっけないです。むしろ日常パートで発生したトラブルのほうをどうするのかが気になります(苦笑)。オススメとまではいきませんが、いろんな国のミステリを読んでみたいという方は是非。