『ラガド 煉獄の教室』(両角長彦/光文社文庫)

ラガド―煉獄の教室 (光文社文庫)

ラガド―煉獄の教室 (光文社文庫)

「ラガドってご存知ですか?」
「ラガド? 怪獣映画か?」
「『ガリバー旅行記』に出てくる都市の名前です。何百人という科学者たちがこのラガド市で研究をしているんですが、そのすべてが空理空論で、具体的な成果はなにひとつあがらないんです。膨大な研究費だけが、まったくむだについやされ続けるんです」
(本書p166より)

 第13回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作品です。
 とある中学校の教室内で起きた女子生徒殺傷事件。犯人の男は同じ教室のクラスメイトで二ヶ月前に自殺した少女の父親だった。怨恨か?それとも無差別殺人か?犯人の記憶も生徒たちの記憶も混乱するなかで、警察は再現実験を行うことで真相を明らかにしようとする。しかし、再現を重ねるたびに予想外の事実が判明し……といったお話です。
 目次を見れば分かるとおり警察による複数の再現に始まって、さらにTV番組によるニュース特集用の再現と、異なる視点からの再現が何度も行われます。また、同じく目次を見れば分かるとおり、複数の人物からの証言が合い間に挟まることで新たな事実、もしくは事実らしきものが明らかとなり、それによって真相も次々に姿を変えていきます。
 同一人物の視点・語りから真相が二転三転すると、ともすれば推理の大安売りもしくはセルフパロディといったお笑いの方向に進みかねませんが、本書の場合には視点・語りが巧みに切り替わることで、シリアスさが維持されています。殺人事件でありながら、推理の方向が犯人ではなく、本来であれば被害者であるはずの生徒たちの動き、教室内での出来事に推理の焦点が当てられているのが面白いです。真相を再現しようという意味ではミステリですが、一方で、明らかにしようと思っても明らかにならない部分があるという意味ではホラーです。思い込みによって生徒が糾弾されたりと被害者の少女の思わぬ行動原理が明らかとなったり空恐ろしい事態が生じる過程はなかなかのサスペンスです。
 本書では、教室内での犯人や教師・生徒たちの動きの再現を説明するための図版が大量に用いられています。その数なんと93枚(!)。とはいえ、この図版が状況の説明にそんなに寄与しているわけではなくて、正直に言えば無いよりはマシ程度の効果しかないのですが(苦笑)、真相が増殖していく過程をビジュアル的に表現しようという試みはそれなりに面白いと思います。
 本書はミステリでもありホラーでもあります。ゆえに、悪くいえばどっちつかずでもあり、特にミステリとして過度に期待してしまうと拍子抜けです。思うに、本書のテーマは”空”なのでしょう。いろんな意味で……。実験的な小説やミステリがお好きな方は是非。
(なお、巻末には「小説宝石」2010年3月号掲載「”新感覚”小説が生まれた日 綾辻行人×両角長彦 日本ミステリー文学新人賞記念対談」が収録されています。)