森博嗣『ダウン・ツ・ヘヴン』中公文庫

ダウン・ツ・ヘヴン―Down to Heaven

ダウン・ツ・ヘヴン―Down to Heaven

森博嗣スカイ・クロラ』シリーズ2巻です。
ナ・バ・テア』既読のかた推奨です。
主人公は引き続きキルドレ草薙水素です。
この間では彼女の「成長」について描かれています。

あらすじ

不注意によって負傷し、入院した草薙水素。病院で彼女はある日とある「少年」に出会う。
そして彼女はまた、彼女を取り巻く「組織」という環境に抗おうとする。
そんななか草薙は「彼」と再会する。草薙が待ち望んでいた、「彼」との空中戦が始まる・・・という話です。

中二病、そして組織

ナ・バ・テア』で純粋な飛行機乗りとしてストイックに生きてきた草薙水素
しかしながら、皮肉にも突き詰めれば突き詰めるほど、彼女は「エース」として彼女の所属する「組織」の中で重要なポジションになっていきます。
子供と大人の過渡期、思春期特有の思想・行動・価値観の総称、成長過程における一種の熱中的な精神状態を、「熱病」に似た「症状」に比喩して「中二病」と称するならば、草薙の気持ちはまさに「中二病」を極限まで純化したものでしょう。
キルドレは少年少女で肉体の成長が止まり、永遠の生を生きる人間。まさに永遠の「中二病」といって差支えが無いと思います。
中二病は自意識の過剰による「子供の否定」と「大人の否定」から来るものですが、草薙も同じく、「組織」によるしがらみを否定し、自由でありたいと願います。それと同時に、彼女は賢いがゆえに組織に守られているからこそ自身が飛行機に乗れること、言い換えれば自身が組織により「生かされていること」を知っています。『ナ・バ・テア』で彼女が出会った「大人の象徴」である上司の甲斐。彼女の言葉に促され、彼女は純粋な飛行気乗りでありたいという気持ちを徐々に抑えます。
永遠の「生」を持つキルドレ
永遠の「生」を持つ草薙水素
しかしながら、彼女は変わり始めます。

セカイ系

ここまで読まれていた方には、「セカイ系」という言葉が頭に浮かんでいる方もいらっしゃるでしょう。
スカイ・クロラ』シリーズでは、企業がビジネスとして戦争を行う、という舞台であり、キルドレという永遠の生を持つ子供たちを含め、様々なパイロットたちが戦いに繰り出し、そして死んでいきます。
そこでは個人がセカイの命運を握るわけでもなく、あくまでビジネスとして、またパイロットの生きる術として戦争がある、という非常にドライな世界観です。
あくまで個人は個人であり、組織にがんじがらめにされているのですが、一方で草薙はその「組織」に対し、個人を、そして孤独を手放さないよう必死に抗います。
設定そのものはセカイ系とは対極に位置しますが、孤独な「僕」と「セカイ」という点では、ある意味「セカイ系」と共通するものがあるかもしれません。*1

続く

「組織」への抗いをやめた草薙水素。それは、彼女が「大人になる」ということ。
英文タイトルは「Down to Heaven」。まさに「天国への落下」。
それは「成長」なのか?「濁化」なのか?
次巻では、彼女の「部下」の視点で物語が紡がれます。
それまでの彼女を知る読者から見た「彼女」が如何に変わったか?
そして如何に「変わっていないか?」
続きを楽しみにしていただきたいと思います。

*1:個人的には、「敵が何者かを知らない」という共通項だけでも「セカイ系」という括りに含めてもおかしくないと思っていますが。