森博嗣『ナ・バ・テア』中公文庫

ナ・バ・テア

ナ・バ・テア

森博嗣スカイ・クロラ』シリーズ1巻です。
未読の方むけになるべくネタバレしないように進めます。
なお、文庫版が出ていますが、写真がきれいですので書影は単行本版にします。

あらすじ

主人公「僕」は戦闘機乗りを職業としている。自身の腕だけを信じ、他者との接触を極限に厭う「僕」。そんな「僕」が「出会い」と「別れ」を経て・・・というお話です。

「僕」の孤独

タイトルは「None But Air」で、「空だけ」という意味です。
タイトルの通り、主人公「僕」は戦闘機に乗ることを至上の喜びとし、それ以外の日常を極限に削っています。

手の指を、開いたり、握ったり、動かす。
操縦桿を握る手だ。
目を瞑ると、遠くで旋回する敵機が見えた。(p141)

日々の自身の行動ですら飛行機の操縦に照らし合わせるそのストイックさは、S&Mシリーズの犀川創平に通じるところもあります。S&Mシリーズにおいて犀川創平が、純粋な研究者として生きて生きたいという気持ちが、社会人として生きていかなければならないという環境によって失われていくように、この物語も「僕」が周囲との「しがらみ」によって純粋なパイロットでいたい、という気持ちを失っていく物語。すなわち、「僕」の成長と喪失の物語であるといえます。
ナ・バ・テア』では「僕」の人生に交差する3名の人物が登場します。彼らとの「出会い」そして「別れ」が、「僕」のその後の人生にどう影響を与えていくのか?
「僕」の正体ともども、読んで確かめていただきたいと思います。

森博嗣の文体

スカイ・クロラ』シリーズは飛行機乗りたちを描く物語であり、必然的に小説の大半が空での描写になります。
専門用語での描写が多く、一見知らない人にはとっつきにくいように思えますが、テンポよく流れるような文体で飛んでいる状況が目に浮かんできます。
スカイ・クロラ』解説でも鶴田謙二も「読み終わるまで絵が無かったことに気付かなかったことです」(p333)と語っていますが、「僕」の心の動きとそれに連動するコクピット内での動き。そして機体の動き。
押井守の映画でこの動きがどう再現されるかも楽しみになります。

続く

(以下、比較的既読者向け)
この作品を最初に読んだ人は、様々なクエスションを浮かべることでしょう。
草薙水素はこれからどうなるの?
ティーチャとの関係は?
キルドレって何?
その謎は、徐々に徐々に以降の巻で明かされていきます。明かされない謎もあります。
草薙水素の物語は、この巻から始まります。