テレビドラマ『ハチワンダイバー』第9話感想

 超展開も構いません。将棋の勝負で命を賭けようがそれも構いません。でも、「わざと負ける」だけは許せません。私が受け師だったら平手打ちでなくグーパンチが炸裂してたかもしれません。いや、たかがドラマの話で大人気ないと思われるかもしれませんが、これは私の偽らざる本音です。物語の序盤において、真剣師として稼ぐための将棋で何故泣きながら指していたのか。その意味をもう一度考え直してほしいです。もう怒り心頭です。歩美ならずとも「ふざけんな」ですよ。一時はこれで視聴をやめようかと思ったのですが、ギリギリのところで軌道修正してくれて良かったです(笑)。
 本気の真剣勝負になってからの将棋を通じての菅田と歩美のやりとりはちょっと良かったです。歩美は意味不明にハイテンションなキャラで正直感情移入しにくかったのですが、最後の「負けました」は今までで一番良かった「負けました」だと思います。ただ、それにしたって「わざと負ける」はないわ……(←まだわだかまりが残ってるらしい)。
 そんな対歩美戦の後に待っていたのは菅田の奨励会時代の同期にして、菅田のプロになる夢を打ち砕いたプロ棋士、粕谷との将棋です。粕谷役の役者さんはつるの剛士。ちまたではお馬鹿キャラとして名を馳せてるみたいですが、実は将棋はアマチュア二段というかなりの指し手です(参考:Wikipedia)。おそらく本ドラマに出てくる役者さんの中で一番将棋が強いでしょう。なので、残念ながらチョイ役のヤラレ役ではありましたが(笑)、1分将棋という相当難易度の高い場面を担当する役者として最適の配役だったと思います。駒を動かす手付きには本当に安定感がありました。そういう意味では、むしろ将棋初心者の溝端淳平の方が大変だったはずで、いやはやホントに頭が下がります。
【関連】http://takehiro511.seesaa.net/article/102240182.html(ドラマの将棋監修を担当していたプロ棋士・大平五段の記事です。)
 この1分切れ負け・リアル1分将棋のシーンについては文句のつけようがありません。将棋ヲタ納得の出来でした。素晴らしかったです。このシーンだけで『ハチワン』がドラマになってよかったと思える名シーンだといっても過言ではないでしょう。お見事でした。ちなみに、この場面の演出は、原作1巻に収録されている1分将棋が色濃く反映されたものになっています(盤面・棋譜は違いますが)。興味のある方は原作も読まれることをオススメします。
 次回はいよいよ鬼将会の大将戦。予告によれば二面指し戦のようですが、どんな将棋になるのか楽しみです。



 将棋の方ですが、まずは歩美対菅田戦。歩美の四間飛車対菅田の居飛車という出だしです。歩美は藤井システム調の駒組みで後手の穴熊を牽制します。対する菅田もそれを警戒して銀冠から穴熊を目指すという変則的な駒組みで応じます。しかし、歩美は構わず穴熊崩しの速攻を仕掛けます。そこで△5五歩。

 この手は、穴熊に潜るのを放棄して攻め合いの意志を明らかにしたものです。ここから端に中央にと目まぐるしい応酬が続きます。

 美濃囲いを崩す急所のと金攻め。菅田の指し手が好調のように見えます。しかし、

 △1五角。角を逃げながらの王手で、一見すると気分が良い手のようです。しかし、「王手は追う手」という格言もありますが、下手な王手は相手の玉を逃がしてしまってかえって寄せにくくしてしまうことがあります。この場合も▲5七玉と上部に逃げられてしまい妙に寄せにくくなってしまいました。ここでは△1五角の代わりとして、△6八角成として飛車と刺し違えてから飛車の打ち込みを狙った方が明快だったと思います。
 さらに、△4五桂▲5六玉△5七歩。この一連の手で歩美は激怒します。ドラマだと「わざと」ということになりますし、実戦だと「悪手」ということになります。しかし、先の△1五角はともかくとして、その後の桂馬とかは特に悪手なようには私には思えません。いや、良い手だとも思えないのも確かですが……。この点につきましてご意見等ございましたらご教示いただければ幸いです(ぺこり)*1
 一連の応手で菅田が形勢を損ねてしまったように見えますが、しかし、ここから菅田は粘りに粘ります。受けながら攻め、攻めながら受け。相手に決め手を与えることなく、一度は逃しかけた相手玉を再び下段へと追い落としていきます。そして、

 △3八金。この手で先手玉は詰んでますので投了もやむなしです。「棋は対話なり」といいます。いろいろとゴタゴタがあった将棋ではありましたけど、歩美と菅田にとってはまさに将棋による会話とでもいうべき一局だったと思います。
 ちなみに、この将棋には元となった実戦譜があります。2003年に行われた第44期王位戦リーグ白組最終局・大平武洋屋敷伸之戦がそれです*2。ドラマの将棋監修を担当している大平五段の我が身を削ったセレクションですので(笑)、どうか並べてみてくださいませ。
【関連】将棋の棋譜でーたべーす:大平武洋対屋敷伸之戦
 続いては対粕谷戦です。歩美との将棋は長手数の熱戦でしたが、今回はリアル1分将棋。短時間の将棋であれば、通常の相手玉を詰ます決着ではなく、時間切れ負けを狙った勝負術というのも考えられますが、菅田はもとより粕屋もプロですからそんなことは考えません。真っ向勝負が2分に満たない時間の中に凝縮されています。

 初手からいきなりの中飛車。いわゆる原始中飛車と呼ばれる指し方です。菅田は最速での寄せを目指します。ただ、この後、先手の端歩突きなどが入って原始中飛車というよりはゴキゲン中飛車超急戦のような将棋へと変化していきます。将棋監修の苦労がしのばれます(笑)。

 ▲5二香成でどうしようもなく詰んでます。二こ神さんとの10秒将棋デスマッチの成果が最大限に発揮された一局だといえるのではないでしょうか*3。ちなみにこの投了図ですが、先手玉にも△6八飛からの詰めろがかかっていて、ちゃんと一手違いの局面になっています。監修したプロ棋士のこだわりが感じられますね(笑)。

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*1:コメント欄にてご教示いただきましたが、△5七歩に代えて△5五歩▲同角△4三金右が正解、とのことです。遊んでいる金を活用できる非常に味の良い手順です。これがあるなら△5七歩は確かに疑問だと思います。ただ、△5七歩を即座に悪手と判断した歩美もやはり相当強いですね(笑)。

*2:某巨大掲示板にダイブして拾ってきました。情報を提供して下さった皆様方に感謝感謝です。

*3:棋譜全文を掲載しますと、▲5八飛 △3四歩 ▲5六歩 △8四歩 ▲7六歩 △8五歩 ▲1六歩 △5二金右 ▲5五歩 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲5四歩 △同 歩 ▲2二角成 △同 銀 ▲7七角 △8九飛成 ▲2二角成 △5五桂 ▲4八玉 △9九龍 ▲1一馬 △4四香 ▲5六銀 △9二角 ▲3八銀 △8八歩 ▲5七香 △8九歩成 ▲5五銀 △同 歩 ▲3六桂 △7九と ▲4四桂 △同 歩 ▲5四香 △6九と ▲5五香 △5六桂 ▲同 飛 △同 角 ▲4四馬 △5九と ▲5二香成 まで。なお、この棋譜もやはり某巨大掲示板にダイブして拾ってきました。某巨大掲示板の皆様の行動ッ!ぼくは敬意を表するッ!