『ハローサマー、グッドバイ』(マイクル・コーニイ/河出文庫)

ハローサマー、グッドバイ (河出文庫)

ハローサマー、グッドバイ (河出文庫)

「だいじなのは、お話の裏にこめられた意味なんだよ、ドローヴ少年。お話ってのはある目的があって語られるもので、その語られかたにもやっぱり目的がある。お話がほんとかそうでないかなんてのは、どうでもいいことなんだ。それを忘れるなよ」
(本書p36より)

 こんにちは夏。そしてさようなら。読み終えると同時にそれは過去の思い出となってしまいますが、その余韻はいつまでも残ります。SFファンはもとより、そうでない方にも幅広くオススメできる一押しの傑作です。
 かつてサンリオSF文庫から刊行されていたものが新訳となって復刊されました。作者の序文いわく、これは恋愛小説であり、戦争小説であり、SF小説であり、さらにもっとほかの多くのものでもある(本書p3より)というのはまさにその通りで、実に多彩で奥深い物語です。
 作品の芯として成長物語(ビルドゥングスロマン)というテーマがあるのは間違いありません。本書の主人公であるドローヴによる過去を慈しむかのような語り。それは来るべき未来を予感させますが、それがいかなるものなのかは最後の最後まで分かりません。ドローヴが抱く父への反発心と世界への疑問は、物語の始まりの時点では漠然としたものに過ぎません。ひと夏の経験が彼を大人にします。その過程でそれは少しずつ鮮明なものになっていき、ついには彼が立ち向かうべき問題としてその姿を現すことになります。
 気恥ずかしい表現になりますが、恋は少年を大人にします。ドローヴとブラウンアイズと、二人の間に入り込むことになるリボンとの三角関係めいた恋物語。ドローヴの本命はブラウンアイズで、ブラウンアイズもドローヴのことを憎からず思っています。いわば相思相愛の関係でメインヒロインは彼女です。しかしながら、イベントは何故かサブヒロインであるリボンとの間でばかり発生します。これには”分かっているな”といわざるを得ません(笑)。最初のうちはどちらかといえば嫌な感じのキャラであるリボンが、ドローヴと関わってくるなかで少しずつ魅力的な女性へと変わっていきます。それがブラウンアイズからすれば妬ましくて、でもそんなふうに思っていることをドローヴにも親友のリボンにも知られたくなくて、そうした思いが本来内気な性格のブラウンアイズを積極的にさせていきます。この三人の関係は正直ニヤニヤものです。しかし、だからこそ後半の展開はかなり辛いものではあるのですが……。
 未熟だった少年の心が恋をすることで相手の世界を知り、それによって自らの世界を成熟させて広がりのあるものへと変貌させていきます。そうすることで訪れる自己の世界と外の世界との衝突。両親との対立。議会への不信。そして戦争への疑問。それは理解という形をとることもあれば軋轢という形をとることもあります。いずれにしても、そうしたことから物語は生まれていきます。それは戦争小説でもあり、SF小説でもあり、そしてミステリでもあります。
 町の代表者であるストロングアームと議会の代表であるメストナー。二人の対立は有事における国と地方自治体の関係の縮図のようではありますが、そうした立場を離れて苦悩することもあります。ドローヴはどちらかといえばストロングアームに共感を覚えているようですが、個人的にはメストナーもかなり印象に残る人物です。メストナーによって語られるこの惑星の不思議。それは物語の根幹に関わる重要事項です。本書は成長物語にして恋愛小説の側面がとても強いのでついつい忘れがちですがSFとしても傑作です。
 SF的な設定が気になって物語に入り込めないという方もいらっしゃるかもしれませんが、そうした場合には巻末の訳者あとがきを先に読んでから読み始めるというのもありでしょう。ネタバレにならない範囲での説明がなされていますので(笑)。とにもかくにもオススメなので一人でも多くの方に読まれて欲しい一冊です。