柴田ヨクサルが指した”ハチワンシステム”

ハチワンダイバー 10 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 10 (ヤングジャンプコミックス)

 『ハチワンダイバー』10巻で登場した菅田の新しい将棋の指し方”ハチワンシステム”。これは漫画作品にありがちな単なるハッタリではありません。いずれは致命的な弱点が見つかるかもしれませんが、現時点ではそれなりに棋理のある指し方だと思います。
 そのことが証明されたのが2009年3月25日に行なわれた「ハチワンダイバーWii&DS」発売記念イベントで行なわれたエキシビジョン、柴田ヨクサルvs藤田綾女流初段の将棋です(平手。10分切れ負け)。この将棋で柴田ヨクサルは”ハチワンシステム”を採用し、見事勝利を手にしました。その将棋の棋譜はこちらのページで紹介されています。
http://www.silverstar.co.jp/hatiwan_wii_ds/index.html
 10分切れ負けという短時間で行なわれたとは思えない熱戦なのでぜひ実際にご覧になって欲しいのですが、せっかくなので紹介がてら、この将棋を題材に”ハチワンシステム”について簡単な考察を行なってみたいと思います。異論反論大歓迎です。その内容如何では以下の文章はあっさり修正しますので、ご意見などはお気軽にお願いします(笑)。
 ハチワンシステムはまだまだ未完成なシステムですが、その骨子は10巻において明らかになっています。

 ここから相手の出方に応じて居飛車振り飛車・急戦と臨機応変な指し回しを狙うのがハチワンシステムです。以下、実際に行なわれた将棋をもとに検証していきます。

 第11手▲7八金はハチワンシステム骨子の一手ですが、居飛車とも振り飛車とも断定できない力戦調の駒組みです。ここで12手目として後手は△4二玉と上がりました。この手は対振り飛車戦における居飛車の指し方としてはもっとも自然な手です。ここから玉を1筋へと移動させて居飛車穴熊の堅陣に組むのが理想形です。ただし、それはあくまでも相手が振り飛車の場合です。

 ▲5七銀〜▲4六銀〜▲3五歩の居玉のままでの早仕掛けがハチワンシステムの狙いのひとつです。他にも指し方がないではありません。ですが、例えば▲6七金〜▲8八飛と振り飛車にして穴熊を狙うのは相手にも穴熊に組まれるので不満です。また、玉を左側に囲う居飛車型の指し方もないではないですが、▲7七角とした陣形は通常の▲7七銀型よりも固さでも角の効率でも劣りますし、それにやはり後手に穴熊に組まれてしまうのは面白くありません。なので、ハチワンシステムを指す以上、ここはこの一手だといえるでしょう。
 後手からすれば、この早仕掛けは相当の脅威です。なぜなら結果としてわざわざ危険地帯に自ら玉を移動させてしまったようなものだからです。後手がこの急戦を嫌うのであれば、先の12手目△4二玉のところで△3二金とすべきですが、そうすると先手は▲8八飛から変則的な振り飛車穴熊を目指すことになります。これを邪魔するのはなかなか難しいです(もっとも、後手としても△3二金型から穴熊が指せないわけではないので、対抗策としてそういう指し方も有力だと思います)。
 なので、私としては12手目には△4二玉でも△3二金でもなく△5二金と指して先手の出方を見てみたいです。そこで▲3六歩なら△5五歩▲同歩△同角が飛車当たりになります。あくまでも態度保留にこだわるのであれば、おそらく▲5七銀だと思います。そこで後手がどう指すべきかもまた難しいですが、△5三銀としてさらに相手の出方を伺うのがよいのではないかと考えています。
 閑話休題で実戦に戻りましょう。先手は3筋に飛車を移動させて(=袖飛車)銀を進出させます。そして▲3三歩。

 いわゆる焦点の歩と呼ばれる手筋ですが、これで後手が困ってると思います。3筋を守るためには3二の地点に金を上がりたいところですが、それをこの歩が防いでいます。だからといって、△同桂は▲3四歩。△同角は▲3四銀。△同玉は論外ということで、この歩は取れません。先手の攻めが見事に決まった格好です。ただ、せっかく△1四歩と端歩を突いてあるのですから、▲3四銀のときにでも△1三角とする手はあったのではないかと思います。2・3筋を放棄する代わりに馬作りを目指せばいい勝負だったように思うのですが……。

 後手も7・8筋から反撃しましたが、この時点で先手の大きな駒得。先手の方が良いと思います。もっとも、先手の陣形は居玉のまま。そして、8・7筋からは後手のプレッシャーがかかっています。なので、駒得ほどには先手が優勢とはいえないでしょう。実戦もここから後手の猛追が始まります。その差は見る見る縮まって、あわや逆転というところまで形勢は揺れ動きました。

 まずはこの局面。実戦はここで△4五桂と指していますが、△6八角なら詰みでした。もっとも、33手という長手数の詰み*1なので、10分切れ負けの将棋で逃してしまうのはプロといえども致し方のないところでしょうか。ですが、△4五桂も決して悪手ではありません。△4五桂▲4六玉に対する次の手が問題でした。

 ここでの△3七角が最終的な敗着です。▲4五玉で先手玉は寄らなくなってしまいました。代わりに△5七角なら先手玉がずっと狭い形で、これなら後手の勝ちでした。この手を逃して以降は後手に勝ちはないものと思われます。
 ということで、勝負自体は柴田ヨクサルの勝ちとなりましたが、内容的には後手大健闘だと思います。もっとも、女流とはいえプロがアマに負けてしまったわけですから、何の慰めにもならないでしょうけどね(苦笑)。ですが、中盤からの後手の追い込みは本当にさすがだったと思います。とても10分切れ負けの将棋だったとは思えません。先手の側にも特に目立った悪手があったとは思えないのですが、序盤のリードを考えると、何かマズイ手があったのでしょうね。例えば、▲7二歩では▲8二角?もしくは、▲4五桂では▲3六歩?6八の角が取られるだけの駒になってしまったので、どこかで活用できなかったのか?といった疑問は浮かびますが、私の棋力ではどれも決定的ではありません。なので、この点につきましてご意見をぜひ(ペコリ)。
 とはいえ、ハチワンシステムというものを考えるのであれば、問題にすべきはやはり序盤の指し方です。本譜の指し方が成立するのであれば、ハチワンシステムの骨子とされる形に対して△4二玉と指すのは危険ということになります。私としては上記のように△5二金がオススメだと思うのですが、こちらもご意見などございましたらぜひぜひお願いします。
 ただし、本音をいいますと、ハチワンシステムが実戦的に難敵だとは私は思っていません。なぜなら、私自身は基本的には居飛車党ではありますが、後手番時において▲7六歩△3四歩*2▲6六歩という出だしに対しては、△3二飛と三間飛車にすると決めているからです。相振り上等、居飛車であれば悠々と石田流に組んで作戦勝ちが狙える、という判断です。
 振り飛車対策としてのハチワンシステムの方針はいまだ不明ですが、おそらくは普通の(?)相振り飛車に落ち着くと思うので、私としてはひとまず安心しています。
 私のような指し手の場合には、むしろ先手番におけるハチワンシステム対策の方が問題かもしれません。先手と違って一手遅れる後手番で果たしてハチワンシステムが成立するのかは分かりませんが、個人的にソフト相手に実験してみた限りでは、案外やれそうな気もしています。ただ、プロの将棋で現れない以上、どこかに致命的な弱点があるのでは?という疑念は捨て切れませんが、そういった点も含めて、ハチワンシステムは将棋の序盤の楽しさ・可能性を教えてくれる戦法だといえるでしょう。

*1:△6八角▲6六玉△8六飛▲7六桂△5四桂▲5五玉△7七角成▲4五玉△4四馬▲5六玉△5五飛▲6七玉△8七飛成▲7七桂△7五桂▲6八玉△7七龍▲同 玉△5七飛成▲8六玉△8七龍▲7五玉△6六馬▲7四玉△8二桂▲同 金△7六龍▲8三玉△6五馬▲8四玉△7四馬▲9五玉△8五龍まで。

*2:私はゴキゲン中飛車も指したいので2手目は大抵△3四歩です。