『国境の少女』(ブライアン・マギロウェイ/ハヤカワ文庫)
- 作者: ブライアンマギロウェイ,Brian McGilloway,長野きよみ
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2008/04/01
- メディア: 文庫
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本書は、主人公のアイルランド共和国警察の警部ベン・デヴリンの「わたし」という一人称単元描写で語られています。しかしながら、その語りは少々変わっています。例えば、
前に、パウエル・ジュニアとは学生時代の知り合いだと述べたが、それは真実のすべてではない。
(本書p65より)
このように一人称描写でありながら三人称描写みたく、我が事でありながら他人事のように物語が語られていきます。視点と語りが遊離しているのです。一人称でありながら他者に聴いてもらっていることを前提としているかのような語りは、客観的な描写に優れる一方で、内面描写についてはとても抑制が利いたものになっています。平たく言えば、本書ではハードボイルド小説の技法が用いられているということなのですが、そうした内面描写のストイックさが時折見せるベンの苦悩をより強く印象付けるものになっています。
タイトル『国境の少女』の国境とは、一義的には北アイルランドとアイルランド共和国の国境のことを指します。北と南に捜査権が交錯することを利用した巧妙な違法行為。それを捜査する行為についても違法合法の境界が曖昧なものになりがちです。国境で見つかった少女の死体は、それ以外にも様々な境界線上(ボーダー)にまたがっています*2。アイルランドの歴史は複雑です。歴史的な問題が、社会間や世代間での境界を生じさせています。そうした境界によって作られる世界の違いは、真相の究明を阻むブラックボックスとして機能しています。
アイルランド独特の歴史問題が遠景にはありますが、事件に関わるものとして見えてくるのはドラッグにセックス、それに家族といったどこにでもある現代的なテーマばかりです。そうした問題に立ち向かわされる警察官をはじめとする登場人物たちは、本書が外面描写に特化していることもあってか、とても個性のある存在として描かれています。プロットに埋没していません。
警察小説らしく、大なり小なり様々な事件がベンのもとには降りかかってきます。その負荷は彼の家族にまで及んできますが、その一方で彼を支えてくれるのもまた家族です。本書は次から次へと困難が降りかかるノワールなサスペンスではありますが、ただ闇を突きつけているだけではなくて光も描かれています。だからこそ闇が余計に引き立つという面もありますが、救いであり希望であることもまた確かです。読んで楽しい気分になるというわけにはいきませんが、読み応え十分の物語として強くオススメしたい逸品です。
なお、最後に内容に直接の関係はありませんがちょっとだけ気になった点を伏字で。(ここから→)登場人物一覧表にハーヴェイの名前がないのはいかがなものかと思います。(←ここまで)まあ、些事といえば些事ですねどね(苦笑)。